しかし私は勢いあまって、足下に置かれていたレンガにつまづいてしまった。
体が前方に傾き、地面に吸い込まれるようにして倒れていく。

「っぶね……」

けれども次の瞬間、私の体は地面に打ちつけられることなく済んでいた。
振り向いた颯司くんが、咄嗟に抱き止めてくれたのだ。
驚きに、彼の腕の中で呆然としつつ、慌てて我に返る。
顔を上げると、颯司くんは心配そうに私を見下ろしていた。

「ごめん、颯司くん」

「大丈夫か?」

「うん、ありがとう」

手伝おうとした私が、逆に助けられてしまうなんて。
盛大にこけてしまったことを恥じつつ、颯司くんに謝っていると。

「何をしてるの?」

突然、裏庭に第三者の声が響いた。
それはトロイメライにいるはずの理人さんの声だった。
振り返れば、やはり戸口のところに彼が立っているのが見える。
眉根を寄せた彼は、私と颯司くんをじっと見据えていて、そこで私はやっと、自分が颯司くんに抱きついていたことを思い出した。

「あっ……! あの、これはね――」

弾かれるようにして颯司くんから離れる。

一部始終を見られたのだろうか。
いや、彼の表情からして、きっと抱きとめられているところだけを見られたのだろう。
よりにもよって、こんなタイミングを。

怪訝な理人さんの視線に動揺した私は、なぜかしどろもどろに言葉を紡いでしまった。
やましいことなんて何もないのに。

「日が暮れるから、そろそろ中に入りなさいね。それだけ言いにきたの」

そんな私とは対照的に、理人さんはその顔をにこりとした笑みに一変させると、まるで何事もなかったかのように家の中へと戻っていってしまった。
裏庭は再び私と颯司くんの二人きりになり、重たい沈黙が訪れる。

「なんか誤解、されたかな……?」

おそるおそる呟くと、颯司くんは「さぁ」と気のない返事をして、それから何度目かもしれないため息を吐いていた。



その日の夕食はパエリアだった。
これは勉強と仕事にそれぞれ追われる私と理人さんのために、暖花さんがつくっておいてくれたものだ。
しかし当の彼女は旦那さんの元へと帰ってしまうため、夕食はいつも理人さんと二人きりで食べている。
それは今日も今日とて同じことだった。

ダイニングテーブルの上に食器を並べながら、私は盛りつけをする理人さんを盗み見ていた。
陽気に鼻歌をうたっている理人さんは、なんだかとても楽しそうだ。
それなのに、彼を見つめている私は胸が詰まり、息苦しくなるような気さえしてくる。
顔が熱くなり、涙目になって、ついにはあふれた気持ちがこぼれ落ちてしまいそうになるのだ。

最近の私はずっとこんな調子で、感情を押し込めることに必死だった。
これまで何事もなくひとつ屋根の下で暮らしていたということが、今となっては信じられない。
だって彼の一挙一動に目を奪われては、その度に心を揺さぶられてしまうのだから。

忙しなく、苦しく、ひたすらに切ない。

これが恋というものなのかと、私はまざまざと感じていた。
理人さんもずっと、私と同じような想いに苛まれていたのだろうか。