「花瓶はこれよ。花はあなたが飾ってあげてちょうだい」

「うん……」

理人さんに教えられながら、私は持ってきていた花を生けた。
白と薄紫の菊をメインにしたアレンジは、見ているだけで心が優しくなれるような色合いだ。
理人さんが二人と、そして私のためを思ってつくってくれたそんな花を、花瓶の中で丁寧に整える。

ここまで来ても、心は不自然なほどに凪いでいた。
花瓶を飾り終え、それからおそるおそる手を合わせる。
静かな空気の中、自分の息づかいの音だけがよく聞こえた。

「……ずっと来れなくて、ごめんね」

静寂を裂くように呟いたのは、この場所に来たら言おうと決めていた言葉だった。
声は思ったよりもお堂の中に響いたが、どうせ私たちのほかには誰もいない。

「私ね、高校3年生になったよ。お母さんが憧れてた、お花でいっぱいのお庭がある家に住んでるの。私もお世話のお手伝いをしてて、とっても綺麗なんだ。二人にも見てもらいたいくらい」

目の前に二人の姿を思い浮かべながら、私は伝えたかったことをひとつずつ言葉にした。
不思議なもので、そこに二人がいるのだと思って話せば、言葉は次々にあふれ出ていく。
先ほどまで、ここに供養されているということすら疑っていたというのに。
そんなことを考えながら、仏壇の前で長い時間をかけて、私はゆっくりと色んなことを語った。

新しく家族になってくれた人たちのこと。
周りにいる友達や、よく来てくださるお客様のこと。
それから――大好きなお花の話。

「私ね、将来はフラワーデザイナーになりたいんだ。だから高校を卒業したら、お花を学べる学校に行きたいって思ってる、の」

けれど、絶え間なく続いていた声は、将来のことを呟いた瞬間に止まってしまった。

「……それから、……それからね……」

突然、錆びついたかのように動かせなくなった唇に、私自身が驚いていた。
伝えたいことはまだまだあったはずなのに。
けれども私の思いはどれも言葉にならず、声が吐息となって消えていく。
感情が大きく揺れていることが分かって、あまりのことに、私は唇を噛んで下を向いた。

「雨音……?」

頭上から、私を心配する理人さんの声がする。
それでも俯くのはやめられない。
だってこれはきっと、とても残酷なことだと思ったのだ。
二人に訪れなかった未来のことを語るなんて。

「……ごめん」

伝えたかった言葉の代わりに、決して言いたくなかった言葉がこぼれる。

本来ならば二人も、私と同じ分の時間を過ごしていたはずだったのだ。
家の花壇で季節の花を育てて。
お母さんが料理をつくるのを、私と妹で手伝ったりして。

お母さんは昔と変わらず、優しく笑ってくれていただろう。
妹は中学生になっているはずだから、背の低い私は今ごろ、彼女に身長を追い抜かれていたかもしれない。
きっとそんな二人と、慎ましやかだけどあたたかい時間を過ごしていたはずなのに。

「一緒にいけなくて、ごめんね……」

来ることのなかった未来を思い描けば、私の中に眠っている後悔と罪悪感が顔を出した。
震えた声で呟いた言葉が、その場に重たく落ちる。
案の定、私の目からは涙がぼたぼたと流れた。
頬が濡れ、熱くなり、けれども私が泣く資格なんかないと、両手で無理やりに拭う。
そのまま荒い呼吸で何度もごめんねを繰り返していると、突然、隣に立っていた理人さんが私の肩を強く抱いた。