穏やかにそう言った理人さんは、グラスにアイスティーを注ぎ、私にくれた。
それをひと口だけ飲んで、彼の真向かいの椅子に座る。

「トロイメライは? 今日は忙しいの?」

「お店の方はそんなによ。でも来週はお盆だから、予約が多くて」

理人さんの言葉に、私は壁にかけたカレンダーを見てから、「そっか」と相槌を打った。

お盆は花屋の繁忙期のうちのひとつだ。
お供え用のお花を求めて、毎年多くのお客様が来店し、予約の数も普段よりずっと増える。
皆、トロイメライで生まれる美しい花を、亡き人に贈りたいと思ってくれているのだろう。
そう、今は亡き大切な人に。

「ねぇ、理人さん」

「ん?」

「……私のお母さんたちのお墓も、どこかにあるの?」

唐突な私の問いに、理人さんは一瞬だけ、その瞳を大きく揺らした。
表情にこそ出ていないが、きっと驚いているのだろう。
数度まばたきをした彼の目が、ゆっくりと私に向く。

「……どうしたの? そんなに突然」

「突然じゃないよ。ずっと、考えてはいたことなの」

私にも、今は亡き大切な人がいる。
その二人がどこにいるのかを、私はずっと知らないままだった。
聞くための勇気や覚悟を持つことができなかったのだ。
けれど。

「前に進むつもりなら、きちんと昔のこととも向き合わなくちゃと思って」

そう打ち明けると、理人さんは今度こそ顔を強張らせた。
彼が驚くのも無理はない。
私が亡くした家族について言及するなど、今までなかったことなのだ。

悲惨なかたちで家族を亡くしてから、私は自分の心の安寧を保つために、そのことを心の奥に押し込めてきた。
いつしか起こってしまったことを受け止め、前を向けるようになったけれど、それは過去に蓋をしただけにすぎない。
事実、私は今でもを二人のことを懐かしむことができなかった。
二人の姿を思い出せば、否が応でも、あの日の炎まで蘇ってしまうから。
それでも理人さんや周りの人たちの支えがあったから、ここまでやってこられたのだ。
ふいにあの日を思い出したときだって、私を助けてくれる人がたくさんいた。

しかし、これからはどうだろう。
東京の学校へ進学することになったら、私は一人暮らしをすることになる。
すなわち、心が不安定になったり、夢に魘されたりしても、自分でどうにかしなければならないのだ。
それに、一人というものは、家族を失ったあのときの寂しさや心細さを思い起こさせるような気がして、どうにも恐ろしく思えてしまっていた。
だからと言って、このまま進むことを諦めたくはない。

「私、もっと強くなりたいの。それに、大好きだった家族を、いつまでも不幸な記憶と一緒に閉じこめておきたくないから」

私たち家族にだって、幸せな記憶はたしかにあったのだ。
お母さんと一緒に花を植えたことや、妹と一緒に遊んだこと。
そんな大切な思い出までも、心の奥底に追いやったまま、押しつぶしてしまいたくなんかなかった。

「二人に、会いにいきたい」