「仕事、早めに切り上げさせてもらったの。間に合ってよかったわ」

「大切な仕事でしょう? そこまでしなくても――」

「そこまでするわよ。今日は何よりも特別な日だもの」

暖花さんに駆け寄った理人さんは、急いで来たのか、少し息が上がって辛そうにしているが、それでも爽やかな笑みをたたえていた。
そんな彼の姿を見て、自分の考えが間違っていたことに気づく。

理人さんは誰より暖花さんの幸せを願っているのだ。
そんな彼が、暖花さんを悲しませることをするわけがない。
けれど理人さんの心の内を考えると、彼が来たことを手放しで喜べなかった。
向かい合う二人を見つめながら、張り詰める気持ちをなんとか押し殺す。

「ねぇ、ブーケ似合ってる?」

「ええ。アタシの自信作だもの。似合わないわけがないわ」

「私には可愛すぎない?」

「そんなことないわよ。姉さんは可愛いんだから」

「……ありがとう、理人。本当に嬉しい」

「もう。今泣いたら、せっかくのメイクが台無しよ」

涙ぐむ暖花さんを、理人さんが親愛の情を持って抱きしめる。
その光景を呆然と眺めていると、理人さんの視線が突然、私へと向いた。
きっと戸惑ったような顔をしているだろう私とは対照的に、彼はとても楽しそうにウインクをする。
その表情にたまらない気持ちになって、私は力なく俯いた。

今なら泣いても良いだろうか。
おそらく今日なら、誰もが私の涙を嬉し涙だと勘違いしてくれるはず。
だから、大丈夫。
そんなことをごちゃごちゃと考えているあいだにも、堪えきれなかった涙が頬を伝った。

「行ってくるわ。見ててね、雨音」

「うん……!」

涙ながらに返事をして、並んだ二人の背中を目に焼きつける。


嗚呼、どうか、

二人が幸せになれますように。

12時を報せる鐘の音とともに、私は心の中で、彼らの幸せを強く祈った。



挙式は無事に執り行われた。

旦那さんの隣で幸せそうに微笑む暖花さんに、招待客は皆一様に見とれ、手に持った美しいブーケを褒めそやしている。
その光景を見ていると、なぜだか私まで誇らしく思えた。

「なぁ。俺まで家族席に座らせてもらって、本当によかったのか?」

「大丈夫だよ。颯司くんももう真田家の一員みたいなものだし」

「そう言ってもらえるならありがたいけどな」

挙式が終わると、休憩を挟んでから次は披露宴だ。
会場へと移動する最中、私は出席してくれていた颯司くんとたわいもない話を交わしていた。
親戚に借りたというスーツを着た彼は、いつもの制服や作業着姿とは違い、とても大人っぽく見える。

「暖花、綺麗だったな」

「うん、とっても」

「理人も珍しくかっこよかったよ」

「それ、本人に言ってあげればいいのに」

「嫌だよ、調子に乗るから」