そう言うと、理花子さんは私の頬を優しくなでてくれた。

本当は少し怖いとも思う。
大それた夢を叶えるには、相応の努力と覚悟がいることを知ってしまったから。

「雨音。私の家族になってくれてありがとう」

「私も、みんなの家族になれて幸せだよ」

けれど私には家族がいる。
私を愛し支えてくれる、とびきり素敵な家族がいるのだ。
そんな家族のみんなに、私は愛を返すことができているだろうか。

「やっぱり……来られないみたいね」

リハーサルも終わり、本番が刻一刻と迫るなか、控え室に戻ってきた暖花さんは時計を見つめながらため息を吐いた。

暖花さんがそうこぼすのは、もちろん理人さんのことだ。
挙式の開始はもう間もなくだというのに、彼はまだ姿を現していない。

「……お仕事があったなら、しょうがないよ」

「そうよね。ワガママ言っちゃいけないけど、あの子がつくってくれたブーケだから、見てもらいたかったな」

理人さんのつくったブーケを寂しげに見つめる暖花さんに、私は胸が痛んだ。
主役である花嫁に、そんな顔は似合わない。
今日は誰よりも暖花さんが幸せにならなければならない日なのに。

暖花さんのために、理人さんにも来てもらいたい。
けれど理人さんのためを考えるなら、彼に来てほしくはない。
そんな相反する思いの狭間で、何もできない自分を恨んでしまう。

「……行こっか」

「ええ」

とうとうスタッフの方に移動を願う声をかけられ、私たちは席を立った。
暖花さんが歩きやすいようにとドレスの長い裾を持ちながら、彼女の後ろで、見つからないように歯を食いしばる。
私の頭の中で、これまでの月日が走馬灯のように巡っていた。

彼の恋が、終わる。

初めから叶わない恋だった。
誰に言われずとも、きっと彼が一番分かっていた。
それでも長い間、想いを失うことはできなかったのだ。
だからこそ、きっと神様がこうさせたのだと思う。
これはしょうがないことなのだと。
心の中で自分に言い聞かせるように唱えながらも、私は息苦しさを感じることを止められなかった。

本当にこれでよかったのかな。
たとえばもっと、私にできることはなかったのかな。
二人のことを思って、じわっと涙が浮かぶのを必死で我慢する。

どうすればいいか分からない。
分からない、もう――。


「ちょっと待った……!」


それは控え室の扉を抜けた瞬間だった。
大きな声が響いたのを暖花さんの後ろで聞き、私は耳を疑ったのだ。
この声は。

「理人!?」

次いで暖花さんの声が響く。
そうだ、この声は間違いなく理人さんのものだ。
暖花さんの影から抜け出し、彼女の視線の先を見る。
するとやはり、ダークスーツに身を包んだ理人さんがそこにはいた。