元々彼は今日、暖花さんと一緒にバージンロードを歩く予定だったのだ。
しかしいくら口で“吹っ切れた”と言っていても、ずっと想い続けていた人を別の男の人に引き渡すなんて、きっと酷なことだろう。
実のところ、私はそんなことを彼にさせたくはなかったのだ。
だから、これでよかった。

暖花さんのウエディングベールがかすかに揺れるのを、瞬きもせずに見つめる。
こんなことを考えている私が、暖花さんにとって一番薄情な家族なのかもしれないと思いながら。

「遅くなってごめんなさいね」

そんなことを考えていると、突然ドアが開かれる音とともに、明るい声が響いた。

「理花子さん……!」

私と暖花さんの沈黙を破るように現れたのは、黒の華やかなドレスをまとった理花子さんだった。
手紙で来ると聞いていたとはいえ、暖花さんの言うとおり、理花子さんの気性では来ないこともあり得ると思っていたのだが。
驚いて暖花さんの方を見ると、彼女もまたその大きな目を丸くしていた。

「二人とも元気にしてた?」

「はい! 理花子さんもお元気そうでよかった」

「まさか本当に来るだなんて思わなかったわ」

「来るに決まってるじゃない。可愛い娘の結婚式よ?」

久しぶりに会う理花子さんは、以前と変わらない快活な顔で笑った。
彼女のトレードマークの紅い唇も健在で、今日の黒い衣装に映えてより鮮やかに見える。

「ここに来る前に、先に旦那と会ってきたわ。なかなかの好青年じゃない。あなたは私を反面教師にしてきたみたいだけど、私に似て男を見る眼があるのね」

「なにそれ。よく言うわ」

「ふふっ、これでも嬉しいのよ。私はいい母親じゃなかったけど、娘の幸せを喜ばないほど落ちぶれていないの」

「本当かしら」

理花子さんにつられるようにして、暖花さんも笑みをこぼす。
二人は元々の雰囲気が似ているけれど、笑ったときが一番似ているかもしれない。

「ねぇ。せっかく来てくれたなら、ベールダウンしていってくれない?」

二人の様子を微笑ましく見守っていると、暖花さんは理花子さんにそんな提案をした。

「あら、私がやってもいいの?」

「今日くらい母親っぽいことをしてもらってもいいでしょう?」

「まあ、あなたがそう言ってくれるなら」

ベールダウンとは文字どおり、花嫁のウエディングベールを下ろすことだ。
花嫁を邪悪なものから守り、送り出す意味合いのあるその行為は、大抵は母親が娘の幸せを願って行うものらしい。
珍しく可愛らしいおねだりをした暖花さんに理花子さんも応え、腕をゆるりと伸ばしてベールを優しく摘む。
そのまま柔らかく前へと下ろすと、照れて伏し目がちになりながらも、暖花さんは理花子さんを真っ直ぐに見つめていた。

「暖花、とっても綺麗よ。本当におめでとう」

「よかったね、暖花さん!」

「あ……ありがとう」

耳まで赤くした暖花さんを、すぐとなりで眺める。
すると幸せを分けてもらっているみたいに、私まで心があたたかくなるのが分かった。