挙式の時間まであと1時間半と迫っている。
理人さんの仕事はまだ終わらないらしい。
式場の控え室で、私は何度も時計を確認しながら彼のことを待っていた。

「ああもう、やっぱり緊張しちゃうわ……!」

私が時計とにらめっこをしていると、突然ウエディングドレスをまとった暖花さんの声が、控え室の中に響いた。
挙式の時刻が近づくにつれ落ち着かない気分になっている彼女は、どうやら大きな声を出すことによって緊張を紛らわそうとしているようだった。
そわそわとするかわいい暖花さんに、思わず微笑んでしまう。

「大丈夫だよ、暖花さん! リラックスリラックス!」

「そうよね。緊張しても仕方ないものね」

深呼吸を繰り返す暖花さんの姿を見て、私も理人さんのことで焦ってはいけないと、彼女の真似をして深く息をする。
それから意識を時計から逸らそうと、私は着慣れない自分の衣装に視線を落とした。

私が身を包んでいるのは、淡いピンクのワンピースだ。
当初は制服で出席するつもりだったのだが、「妹にもとびきりのオシャレをしてもらいたい」という暖花さんの希望で、私までかわいい洋服を買ってもらったのだ。
加えて今日はワンピースに合わせたヘアメイクまで施してもらっている。
普段はトロイメライを慌ただしく走り回り、洒落っ気のない私だけれど、今日くらいは落ち着いて、花嫁の妹にふさわしい振る舞いをしなくては。
そんな意気込みとともに背筋を伸ばしていると、暖花さんが何かを思い出したように小さく笑った。

「なあに? 暖花さん」

「ううん。今の雨音の仕草、なんだか私に似てたなぁって思って」

目を細める暖花さんに、私は首を傾げた。
今の仕草とは背筋を伸ばす動きだろうか。
言われてみれば、暖花さんもトロイメライのカウンターにいるときによくやっているような気がする。
もしかしたら知らないうちに彼女の癖が移っていたのかもしれないと、少し照れくさく思っていると。

「私ね、雨音は理人に似てると思ってたけど、最近は私にも似てるんじゃないかと思っていたの」

「そうなの?」

「ええ。でも雨音が私の家族になって、もうすぐ10年目だもの。似てくるのも当たり前のことよね」

そうだ、もう10年。
それは理人さんのセンスや、あるいは暖花さんの癖が私に移るくらいの時間。
決して短くない月日を、私たちは一緒に過ごしてきたのだ。

「私たち家族ってちょっと変わってるけど、やっぱりきちんと“家族”だったんだなって。雨音を見てたら改めて思っちゃった」

感慨深そうに言った暖花さんの言葉に、私は嬉しくなって頷いた。

たしかに私たちの家族としての在り方は、世間一般から見たら変わっているかもしれない。
私にいたってはみんなとの血の繋がりすらないけれど、今では家族の一員だって胸を張って言える。
それは彼女たちに暖かく迎えられ、受け入れてもらったおかげなのだ。
私の方こそ、感謝してもしきれないくらい、みんなと家族になれたことが幸せだった。

「それでも薄情よね。変わってるとはいえ、結婚式にまでみんなが揃わないなんて」

そんなことを考えながら心を和ませていると、突然表情を一変させた暖花さんは、ドレス姿だというのに腕組みをしながら口を尖らせた。
しかし、それももっともなことだと思う。
もうすぐ挙式が始まるというのに、理花子さんと理人さんが姿を現していないのだから。

理花子さんは最初から期待していなかったと暖花さんは言うけれど、きっと寂しがっているに違いない。
式までには間に合うようにすると言っていた理人さんも、この調子では仕事が長引いているのだろう。
けれど理人さんに限ってはこれでよかったのかもしれないと私は思っていた。