「……理人さんは、どうして暖花さんを好きになったの?」

ブーケのバランスを確認する彼の横顔を見つめながら、今まで触れたことのなかった話題を、私は思い切って口にしてみた。
彼が突然そんなことを言い出したのは、たぶん、話を聴いてもらいたいと思ったからなのだろう。
そしてそれは、私も知りたかったことだったから。

「アタシたちは姉弟だけど、お互いに存在を知らずに育ったでしょう? だから出会ってからも、自分の姉だっていう実感がわかなくて」

「うん」

「その感覚が身につかないまま、何も分からないアタシを守ってくれる優しい姉さんに、いつの間にか恋してたの」

ワイヤーをパチンと切りながら、理人さんが苦笑する。

お父さんが亡くなってから、言葉も通じない日本にやってきて、悲しみや不安でいっぱいの中、幼い理人さんを一番に支えてくれたのは暖花さんだったのだ。
そんな彼女を好きになったって、何もおかしい話ではない。

「男の初恋ってね、特別で、とてもやっかいなのよ。姉さんを超える魅力的な子なんて同世代にはいなかったし、新しい恋もできないまま、アタシはどんどん自分を拗らせちゃった」

彼の恋は、私の知る中できっと一番苦しい。
おとぎ話の恋のようなロマンチックさなんて、欠片も見当たらないのだ。

理人さんの想いを汲み取るには、私には経験も、何もかも足りなかった。
例えば何度も恋を重ねてきた人なら、彼を勇気づける言葉のひとつでもかけることができるのに。

「ねぇ、雨音は今、好きな子とかいないの?」

押し黙った私を思ってか、理人さんは話題を私のことへと移した。

「私はお花以外のことには疎いから」

「でも、いつかきっとあなたの前にも現れるわよ。運命の人が」

「そうかな?」

「そうよ。きっと」

私の、運命の人。
耳になじまないその言葉を考えながら、宙を仰ぐ。

私もいつか、彼のように恋をするのだろうか。
私の隣にいる人が、理人さんではない男の人になるなんて、今はまだ想像もつかない。

「雨音の恋は、穏やかなものであってほしいわ。なんて、ちょっと年寄りくさいかしら」

理人さんの言葉に耳を傾けつつ、訪れるかもしれない未来のことを考えていると、なぜだか胸が痛むような心地がした。



「このところ雨続きで嫌になるわねぇ」

「梅雨だからしょうがないですけど、少しは晴れてほしいですよね」

「ほんとにそうよ。お洗濯物が全然乾かなくって、嫌になっちゃう」

お客様の愚痴に相槌を打ちながら、私は窓の向こうの灰色の雲を見ていた。

――6月初週。

梅雨を迎えたばかりのこの時期は、毎日のように雨が街を濡らしている。

トロイメライに見えるお客様も、晴れ間が見えず憂鬱になりがちだと口々に言っていた。
たしかにこのどんよりとした空気が続けば、人は参ってしまうものなのかもしれない。