「颯司くんは人をよく見てて、すごいね」
「そんなことねーよ。俺は結局、何も知らないからな」
なんて言いながら、本当はきっと、全部気づいているのだろう。
今は空を見上げているその目は、いつもいろんなことをよく見ている。
しかしあくまでシラを切る颯司くんの優しさに微笑みながら、私も彼と同じく空を見上げた。
「楽しみだな、暖花の結婚式」
「うん。ねぇ聞いて颯司くん。私、結婚式のウェルカムボードをつくることになったの」
「ウェルカムボードって何?」
「披露宴会場の入り口に置く案内板みたいなやつだよ。私はお花を使ってつくるんだ」
「雨音が? まぁ、頑張れよ」
初夏の晴れた青空が広がっている。
それからもぽつりぽつりと話をしながら、私たちは穏やかな午後を過ごした。
その日の夜。
お風呂から上がってリビングに向かうと、いつもキルシェとソファーにいるはずの理人さんの姿が、なぜかどこにも見当たらなかった。
トロイメライはとうに閉店しているというのに、まだ何か作業をしているのだろうか。
特に急ぎの仕事はなかったはずだけれど。
不思議に思い、閉めたはずのトロイメライへと足を運ぶと、やはり作業台の電気が灯っているのが見えた。
「理人さん。何してるの」
「雨音」
驚かせないように静かに声をかけると、理人さんは私に気づいてゆっくりと振り返った。
その手元には、細いワイヤーとハサミが見える。
「ちょうどよかった。あなたにも見てもらおうと思ってたの」
「ブーケ? 暖花さんの?」
「そうよ。一度組んでみたんだけど、どうかしら」
見れば、作業台の上のブーケスタンドには、見事な白いキャスケードブーケが出来上がっていた。
主役の花は胡蝶蘭で、数種類のバラとトルコキキョウ、それからニューサイランやスマイラックスなんかのグリーンが絶妙なバランスで配置されている。
形はとても凝っていて美しいのに、ブライディというブーケ用のフォームはすっかり隠されていて、理人さんの技巧の高さが一目で分かるブーケだ。
「すっごく綺麗。きっと暖花さんに似合うよ」
「まだまだ改良の余地はあるけどね。バラとグリーンの種類ももう少し吟味したいし、差し色を入れてもいいかなって」
「差し色かぁ。……このブーケなら、ピンクがいいな」
「あら奇遇ね。アタシもピンクが良いと思ってたの」
そんな会話を交わしていると、理人さんは思いついたように、切り花のスペースからピンクのバラを数本引き抜いた。
それらを器用にブーケへと差し込む。
白にほんのりと差された淡いピンクは、やはりちょうどいいアクセントとなった。
「アタシね、このブーケを持つ姉さんのことを考えると、とても幸せな気持ちになるの。ずっと罪悪感でいっぱいだったのにようやく吹っ切れたんだって、自分でも分かるわ」
姿を変えていくブーケをうっとりと眺めていると、理人さんはふいに、こちらがどきりとするようなことを言った。
おそるおそる視線を移せば、その言葉どおり、彼の晴れた顔が目に映る。
「そんなことねーよ。俺は結局、何も知らないからな」
なんて言いながら、本当はきっと、全部気づいているのだろう。
今は空を見上げているその目は、いつもいろんなことをよく見ている。
しかしあくまでシラを切る颯司くんの優しさに微笑みながら、私も彼と同じく空を見上げた。
「楽しみだな、暖花の結婚式」
「うん。ねぇ聞いて颯司くん。私、結婚式のウェルカムボードをつくることになったの」
「ウェルカムボードって何?」
「披露宴会場の入り口に置く案内板みたいなやつだよ。私はお花を使ってつくるんだ」
「雨音が? まぁ、頑張れよ」
初夏の晴れた青空が広がっている。
それからもぽつりぽつりと話をしながら、私たちは穏やかな午後を過ごした。
その日の夜。
お風呂から上がってリビングに向かうと、いつもキルシェとソファーにいるはずの理人さんの姿が、なぜかどこにも見当たらなかった。
トロイメライはとうに閉店しているというのに、まだ何か作業をしているのだろうか。
特に急ぎの仕事はなかったはずだけれど。
不思議に思い、閉めたはずのトロイメライへと足を運ぶと、やはり作業台の電気が灯っているのが見えた。
「理人さん。何してるの」
「雨音」
驚かせないように静かに声をかけると、理人さんは私に気づいてゆっくりと振り返った。
その手元には、細いワイヤーとハサミが見える。
「ちょうどよかった。あなたにも見てもらおうと思ってたの」
「ブーケ? 暖花さんの?」
「そうよ。一度組んでみたんだけど、どうかしら」
見れば、作業台の上のブーケスタンドには、見事な白いキャスケードブーケが出来上がっていた。
主役の花は胡蝶蘭で、数種類のバラとトルコキキョウ、それからニューサイランやスマイラックスなんかのグリーンが絶妙なバランスで配置されている。
形はとても凝っていて美しいのに、ブライディというブーケ用のフォームはすっかり隠されていて、理人さんの技巧の高さが一目で分かるブーケだ。
「すっごく綺麗。きっと暖花さんに似合うよ」
「まだまだ改良の余地はあるけどね。バラとグリーンの種類ももう少し吟味したいし、差し色を入れてもいいかなって」
「差し色かぁ。……このブーケなら、ピンクがいいな」
「あら奇遇ね。アタシもピンクが良いと思ってたの」
そんな会話を交わしていると、理人さんは思いついたように、切り花のスペースからピンクのバラを数本引き抜いた。
それらを器用にブーケへと差し込む。
白にほんのりと差された淡いピンクは、やはりちょうどいいアクセントとなった。
「アタシね、このブーケを持つ姉さんのことを考えると、とても幸せな気持ちになるの。ずっと罪悪感でいっぱいだったのにようやく吹っ切れたんだって、自分でも分かるわ」
姿を変えていくブーケをうっとりと眺めていると、理人さんはふいに、こちらがどきりとするようなことを言った。
おそるおそる視線を移せば、その言葉どおり、彼の晴れた顔が目に映る。