「うん、たしかにそうだっかも」

彼の言葉に、幼かった自分たちを思い出して懐かしくなる。
颯司くんと出会ったのは、私がトロイメライに来てすぐのことだった。
あのころの私は痩せて真っ白な顔をしていて、あまり笑うこともなかったように思う。
きっと生気のない、まさに人形のように見えただろう。

「でもここで暮らすうちに、明るくなって、よく笑うようにもなっただろ?」

「そうだね」

「な。変わらないことなんてないんだよ。雨音も――」

理人も、と颯司くんは続けた。

「雨音がここに来てから理人は変わった」

「え……?」

「と言うよりも、雨音が理人を変えたんだと俺は思う」

唐突に出された理人さんの名前に心臓が跳ねる。

私が理人さんを変えた……?
その逆なら、もちろん分かるけれど。

「そんなことあるはずないよ。理人さんは今も昔もずっと変わらないままだし」

「嘘じゃねーよ。これでもこの家とは付き合いが長いんだ」

そう言えば颯司くんの実家の運送会社は、真田家先代の花屋さんのころからの付き合いだと聞いている。
彼も物心がつく前からこの家に来ていたようだから、私と出会う前の理人さんのこともよく知っているだろうけれど、やはりにわかには信じられない。

「ここからは俺のひとり言だけど」

するとそんな前置きしてから、颯司くんは昔話をしてくれた。

「理人、学生のころはよく夜遊びしてた。理花子さんは笑って黙認してたけど、暖花はかなり心配してたんだ」

彼が語るのは、私が初めて耳にする話だった。

理人さんが夜遊びをしていたなんて、今の彼からは想像もできない。
けれどもしかしたら、暖花さんに恋をしている罪悪感で、家に帰りづらいときがあったのだろうか。
傍にいるだけで隠しきれないほどの苦しさを感じていたとしたなら、理人さんの行動も簡単に説明がつく。

「でも雨音がこの家に来てから、理人にも帰らなきゃいけない理由ができた」

「えっ、私が……?」

「それからは変に遊びに行くこともなくなったし、思いつめた顔をすることも少なくなった」

「ちょ、ちょっと待って」

情報が多すぎて、頭の中でうまく整理ができない。
しかし颯司くんは私の声を聞かずに、あくまでひとり言という体で話を進めていく。

そんな状況に困惑しながらも、彼の言わんとしていることはなんとなく分かるような気がした。
つまりは私の存在が、理人さんの中の何かを変えていたのだと、そう言ってくれているのだろう。

「はい、俺のひとり言は終わり」

わざとらしく伸びをした颯司くんは、そのまま芝生の上にごろんと横になった。
キルシェに似た猫のようなその仕草を、目を瞬かせながら見つめる。

私の存在が、理人さんの力になっていたのかもしれない。

秘密を知っても傍にいてくれたことが嬉しかったと、理人さんは少し前に言ってくれた。
私はそれを取るに足らない些細なことだと思っていたけれど、こんな私でも、きちんと彼の力になれていたのだろうか。
もしもそうだったのだとしたら、嬉しい。