理人さんはくすくすと笑いながら、同封されていた写真に目を落としている。
その表情を、私はおそるおそる慎重に眺めた。

近所の女の子たちに“お花屋さんの王子様”とあだ名されているくらい、彼は美しい容姿をしている。
性格だって穏やかで優しく紳士的で、特徴的な言葉遣いさえ除けば、たしかに童話に出てくる王子様そのものだ。
それなのに、どうして彼はこんなにも苦しい恋をしているのだろう。

「でも、家族そろって姉さんを祝うことができるみたいで、よかったわよね」

優しい響きをまとって呟かれた言葉に、私は緩く頷いた。

気がつけば、暖花さんの結婚式はもう来月に迫っている。
理人さんの口からは聞けないけれど、彼はきっと、最後まで自分の気持ちを隠し通すつもりだろう。
弟としての信頼を奪い、暖花さんを悩ませてしまうような行為を、理人さんは絶対にしない。
だから、彼の恋が叶うことは永遠にないのだ。

おとぎ話の中の王子様は、いつだって恋した女の子と幸せになれるのに。
そんな普遍的な結末が、どうして彼には訪れてくれないのだろう。

「姉さーん! 母さんから連絡来たわよ! 式には出席できるって」

「はあ!?」

私が悔しさにも似た感情を覚えていると、店先にいた暖花さんの声が大きく響いた。

「今ごろ返事をくれたって遅いわよ! 式まであと三週間切ってるのに」

「まあまあ。そんなこと言って、席は一応確保しておいたんだから。無駄にならなくてよかったじゃない」

「どうかしら。あの人は気分屋だし、本当に来るのかも信用できないわ」

仲良く談笑する二人の姿を見つめていると、やはり胸が苦しくなるような心地がしてくる。
左胸を押さえながら二人から目を離す私を、キルシェが心配そうに見ているのが分かった。



午後、私は理人さんに頼まれて、裏庭のガーデニング用にマリーゴールドの種蒔きをすることになった。
種蒔きなら暇つぶしにもなるし、それに店の中にいる二人を見ずにいられる。
今日やるにはちょうどよかったと、私はほっと息をついていた。

種蒔きの作業は簡単だ。
小さなポットをたくさん用意して、マリーゴールドの種を蒔いていくだけ。
二か月もすればこの種は芽を出し、やがて蕾をつけるだろう。
私と理人さんはそのころを見計らって、ハンギングバスケットと呼ばれる壁掛け用の鉢に植え替える。
マリーゴールドは黄色やオレンジの花を咲かせるから、色別に植えて飾れば、綺麗な暖色のグラデーションができるのだ。
毎年のように行うその手順を思い返して、それから私はため息を吐いた。

マリーゴールド。
ビタミンカラーで明るく元気なイメージなのに、この花には【悲しみ】や【絶望】なんて花言葉がついている。
黄色系統の花にはマイナスな意味の言葉がつきやすいから、それはしょうがないことなのだけれど。
何も知らない振りをして心の中で苦しさを感じている、まるで今の私のような花だと思ってしまったのだ。

「まーたため息吐いてんのかよ、雨音は」

「え……?」

そんな物思いにふけっていると、突然、聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。

「颯司くん……!?」