彼の言葉は、まるで魔法だ。
耳を傾けているだけで、不思議と心が楽になる。
膨らみすぎた風船の空気を適度に抜くみたいに、私を私でいさせてくれるのだ。

理人さんの胸に耳を寄せ、彼の規則正しい心臓の動きを感じる。
一定のリズムを刻む鼓動の音を聴いていると、だんだんと私の心も落ち着いていった。

「アタシが傍にいるわ。だから大丈夫」

その声に頷きだけで返事をして、私を抱きしめてくれる理人さんの背中に腕を回す。
彼の温かさに、もう少しだけ縋っていたい。
涙が一筋だけ落ちたけれど、それはけして恐ろしさではない、安堵の涙だった。

「今日、学校はお休みにしましょう」

起床後、理人さんが淹れてくれた紅茶を飲んでいると、彼は突然そんな提案した。

「でも私、具合が悪いわけじゃないし……」

「雨音はいつも真面目に登校しているし、こんなときくらいいいじゃない。テスト期間でもないでしょう?」

「そうだけど」

あの日の夢を見て魘されるのは久しぶりだった。
高校生になってからは、ほとんどなかったことなのだ。
そんな私を、理人さんは心配してくれているのだろう。

「……うん。分かった、そうするね」

彼に心配をかけながら、わざわざ学校に行くこともない。
そう考えた私は、理人さんの言うとおり、大人しく学校を休むことにした。



「暇だね、キルシェ」

テーブルの上で微睡むキルシェに問いかける。
すると私の声に応えるように、彼女はうなぁと大きな欠伸をした。

繁忙期である母の日が終わったばかりのため、トロイメライはさほど忙しくはない。
暇を持て余した私は、キルシェと一緒にのんびりとしながら、届いたばかりの配達物の開封をしていた。
しかし手紙を種類ごとに振り分けていくというのは、実に眠気を誘う単純作業だ。
キルシェにつられるようにして欠伸をもらしていると、ふいに大量の配達物の中から赤と青で縁取られた封筒を見つけた。

「理花子さんからだ……!」

それはRikako Sanadaの差出名で届いていた、一通のエアメールだった。

理花子さんは数年前から活動の拠点を海外に移し、各地を飛び回っている。
そんな彼女がオランダから送ってくれたらしい手紙を発見して、私はいそいそと封を開けた。
入っていたのはキューケンホフ公園という場所で撮られたという、風車とチューリップの写真。
それと小さなメッセージカードだった。

――結婚式、楽しみにしているわね。

「あら。母さんから?」

「うわっ!」

理花子さんからのメッセージに目を奪われていると、突然後ろから声をかけられ、私は驚きに声を上げた。
振り返れば、少し離れた作業台にいたはずの理人さんが、いつの間にか私の手元を覗き込んでいる。
その横顔の近さに、なぜかどきりと心臓が高鳴った。

「うん。オランダから送ってくれたみたい。暖花さんの結婚式にも出られるって」

「忙しそうだから無理かと思っていたんだけど。自由なあの人も、さすがに娘の晴れ姿は見ておきたいのかしら」