「ああ、えっと……妻にプレゼントを探していたんです。明日が結婚記念日で」
「わぁ、それは素敵ですね! よろしければぜひ店内も見ていってください。花束でしたら、奥様のイメージでおつくりしますよ」
「いえ、その……」
いくつか提案をしたものの、男性は何かを迷っているかのような、歯切れの悪い言葉を呟いた。
不都合でもあるのだろうか。
花屋には入りづらいと思う男性もいると聞くし、もしかしたら彼もそうだったのかもしれない。
そんなことを考えていると、突然、彼は意を決したように私を見つめ返した。
「……実は私の妻は、目が見えないんです」
それは私にとって、あまりにも予想外の言葉だった。
聞けば、半年前に病気で失明した彼の奥さんは、それからずっと塞ぎがちになってしまったらしい。
そこで、どうにか彼女を喜ばせてあげられるようなものを贈りたいと考えていたそうだ。
「妻は花が好きで、以前は毎年花束を贈っていたのです。けれどどんな美しい花ももう、妻の目には映りませんから、今年は別のものをと思ったのですが、なんだかどれもしっくりこなくて」
「そうだったんですね……」
「って、すみません、見ず知らずの方にこんな話を。ご迷惑でしたよね」
「いえ、そんなことないです!」
おそらく結婚記念日に贈る花束は、二人にとっての幸せの象徴だったのだろう。
きっと彼は今年も、奥さんに花を贈りたかったはずだ。
しかし以前と同じように花束をつくって渡したところで、二人を幸せにできるだろうか。
トロイメライは、人々を夢見心地にさせるお店だ。
こんな悲しい表情をさせたまま、お客様を帰すことなんてしたくない。
けれど目の見えない方に花を楽しんでいただくには、一体どうすればいいのだろう。
そう考えたとき、私にはひとつだけ思いつくものがあった。
「……あの、よければおひとつ、商品を見ていただけませんか?」
「えっ……?」
喜んでもらえるかは分からないけれど、彼に伝えたいことがある。
そう思って案内したのは、どの花の前でもなく、トロイメライの片隅にある雑貨コーナーだった。
その中に置いていたあのポプリを、私はひとつ手に取る。
「これは……?」
「ポプリというもので、ドライフラワーに香りづけがしてあるんです。上の蓋を取ってみてください」
「ああ、本当だ……! いい香りですね」
ガラスでできたポットの蓋を開けると、穏やかな香りが辺りに立ち込めた。
香りは少し弱めだが、これは普通のポプリよりもずっと長く香るようにつくってある。
それは私が、この商品に込めた意味を表すためだ。
「メインの花はセンニチコウといいます。色が褪せにくいために、花言葉も色褪せぬ愛、つまりは【変わらぬ愛情】と言うんですよ」
「変わらぬ、愛情……」
「はい。お客様にぴったりの花言葉だと思います」
彼の言葉の節々に見える、奥さんへの愛情。
その愛情がいつまでも続き、果てなく大きくなっていくように、彼の想いを後押ししたい。
「先ほどのお話、何も知らない私でも奥様への愛を感じました。何よりもその愛情を伝えてあげてほしいです。辛い状況だと思いますが、きっと勇気づけられるはずですから」
そんな願いを込めて、彼に差し出す。
緊張で手が震え、ガラスポットの中のセンニチコウがころりと揺れた。
「わぁ、それは素敵ですね! よろしければぜひ店内も見ていってください。花束でしたら、奥様のイメージでおつくりしますよ」
「いえ、その……」
いくつか提案をしたものの、男性は何かを迷っているかのような、歯切れの悪い言葉を呟いた。
不都合でもあるのだろうか。
花屋には入りづらいと思う男性もいると聞くし、もしかしたら彼もそうだったのかもしれない。
そんなことを考えていると、突然、彼は意を決したように私を見つめ返した。
「……実は私の妻は、目が見えないんです」
それは私にとって、あまりにも予想外の言葉だった。
聞けば、半年前に病気で失明した彼の奥さんは、それからずっと塞ぎがちになってしまったらしい。
そこで、どうにか彼女を喜ばせてあげられるようなものを贈りたいと考えていたそうだ。
「妻は花が好きで、以前は毎年花束を贈っていたのです。けれどどんな美しい花ももう、妻の目には映りませんから、今年は別のものをと思ったのですが、なんだかどれもしっくりこなくて」
「そうだったんですね……」
「って、すみません、見ず知らずの方にこんな話を。ご迷惑でしたよね」
「いえ、そんなことないです!」
おそらく結婚記念日に贈る花束は、二人にとっての幸せの象徴だったのだろう。
きっと彼は今年も、奥さんに花を贈りたかったはずだ。
しかし以前と同じように花束をつくって渡したところで、二人を幸せにできるだろうか。
トロイメライは、人々を夢見心地にさせるお店だ。
こんな悲しい表情をさせたまま、お客様を帰すことなんてしたくない。
けれど目の見えない方に花を楽しんでいただくには、一体どうすればいいのだろう。
そう考えたとき、私にはひとつだけ思いつくものがあった。
「……あの、よければおひとつ、商品を見ていただけませんか?」
「えっ……?」
喜んでもらえるかは分からないけれど、彼に伝えたいことがある。
そう思って案内したのは、どの花の前でもなく、トロイメライの片隅にある雑貨コーナーだった。
その中に置いていたあのポプリを、私はひとつ手に取る。
「これは……?」
「ポプリというもので、ドライフラワーに香りづけがしてあるんです。上の蓋を取ってみてください」
「ああ、本当だ……! いい香りですね」
ガラスでできたポットの蓋を開けると、穏やかな香りが辺りに立ち込めた。
香りは少し弱めだが、これは普通のポプリよりもずっと長く香るようにつくってある。
それは私が、この商品に込めた意味を表すためだ。
「メインの花はセンニチコウといいます。色が褪せにくいために、花言葉も色褪せぬ愛、つまりは【変わらぬ愛情】と言うんですよ」
「変わらぬ、愛情……」
「はい。お客様にぴったりの花言葉だと思います」
彼の言葉の節々に見える、奥さんへの愛情。
その愛情がいつまでも続き、果てなく大きくなっていくように、彼の想いを後押ししたい。
「先ほどのお話、何も知らない私でも奥様への愛を感じました。何よりもその愛情を伝えてあげてほしいです。辛い状況だと思いますが、きっと勇気づけられるはずですから」
そんな願いを込めて、彼に差し出す。
緊張で手が震え、ガラスポットの中のセンニチコウがころりと揺れた。