――3月。

長く厳しかった冬が終わり、とうとう春がやってくる。

私は四季の中でも、春が一番好きだ。
なぜなら、花が一等綺麗に咲き誇る季節だから。

「んん……」

花屋の朝は早い。
いつも5時ちょうどに鳴り響く目覚まし時計を、私は今日も布団の中から片腕を伸ばして止める。
いい夢を見ていた気がするけれど、二度寝は禁物だ。
昔は早起きが得意ではなかったけれど、トロイメライのお手伝いをするようになってから、私は朝が好きになっていた。

それでもまだ残る眠気を覚ますため、窓をカラカラと開けて早朝の空気を肺いっぱいに吸い込む。
まだ少し冷たい風の中に、新緑のような爽やかな匂いを感じてから、真田家に併設されたトロイメライの店先に目を向けた。
今日は仕入れの日ではないけれど、窓から光が漏れているということは、すでに理人さんは起きて作業を始めているのだろう。
そのことを確認して、着替えてからすぐさま一階へと下りる。
そのまま、家とトロイメライを繋ぐ通路を抜けた。

今日は特別な日なのだ。
なぜなら今日は――。

「理人さん! お誕生日おめでとう!」

トロイメライへと繋がる扉を開いて、開口一番、私は大きな声で理人さんを祝福した。

そう、今日は彼の誕生日なのだ。
真田家では、誰かの誕生日にはいつもより豪華なお料理やケーキで盛大にお祝いをする。
家族で食卓を囲みながら一緒に祝えるということは、私にとって、かけがえのない大切なことだった。
だから毎年、みんなの誕生日をとても楽しみにしているというのに。

「はは……ありがとね、雨音……」

「理人さん? どうかしたの? 具合悪い?」

「大丈夫よ……」

本日の主役であるはずの理人さんは、カウンターでラッピングリボンをいじりながら、なんだか浮かない顔をしていた。
せっかくの誕生日なのに、どうしたのだろう。

「ほっときなさいよ、雨音。ちょっとショック受けてんのよ、この子」

「ショック?」

するとそこに、裏の倉庫にいたらしい暖花さんが呆れたようにやってきた。
彼女の言葉の意味が分からず、ぼんやりと目を瞬かせる。

「今年で20代もラストなのよねー、理人?」

「ああっもうっ! 言わないでよ姉さん!」

暖花さんはまるで追い討ちをかけるような様子で言葉を重ね、理人さんはそれに打ちひしがれるように首を振った。

しかし、やはり私には意味が分からない。
たしかに理人さんは今日で29歳になるけれど、それが一体どうしたと言うのだろうか。
ますます不思議に思っていると、当の理人さんは暗い表情のまま、重々しいため息を吐いた。

「ここのところ疲れが取れにくかったり、節々が痛くなったりするのよねぇ。でも考えてみたら、アタシもうすぐ三十路なんだなって思って」

「それで朝から落ち込んで、今もこの調子。ったく、失礼よねぇ。姉はもうとっくに三十路を過ぎてるっていうのに」

なるほど。
どうやら彼は、自分の年齢と体を気にして落ち込んでいたらしい。