「何かお探しですか?」

「ああ、いえ、新しいお店ができたんだなと思って、気になっていたんです。僕、サボテンとか多肉植物が好きで」

「分かります。なんだかかわいいですもんね。見ているだけで癒されますし」

「はい。そのせいで、最近は窓辺が緑で埋まってしまって」

清潔感があり、くしゃっとした笑顔が印象的な彼は、物腰が柔らかで素敵な男性だと、子供の私でも感じるような人だった。
応対していた暖花さんも、きっと私と同じように思ったのだろう。
仄かに頬を赤く染めた暖花さんの笑顔は、今までに見たことがないようなかわいらしいもので、私は思わずその様子に釘づけになっていた。

たぶん出会ったこの瞬間から、二人はお互いに惹かれ合っていたのだと思う。
そんな彼らが距離を縮めるのに、そう時間はかからなかった。

「この服、変じゃないかしら?」

「大丈夫。とっても似合ってるよ」

「本当? ああ、そろそろ時間だわ」

トロイメライが定休日である木曜日のこと。

いつしか恋人同士になっていた二人は、今日も夕方から映画を観て、ディナーを楽しむようだった。
そわそわと浮き足立つ暖花さんは、まるで恋を知ったばかりの少女のようで、そんな彼女を眺めていると、こちらまで幸せな気分になる。

「じゃあ、行ってくるわね。帰りは遅くなると思う」

「うん。デート、楽しんできてね」

頬を染めたまま出かけていく暖花さんを見送る。
彼女の姿が見えなくなったところで、私はトロイメライのカウンターへと戻り、ため込んでいた息を吐いた。

暖花さんが幸せでいっぱいなことが嬉しかったはずだ。
それなのに私は、なぜかいたたまれないような気持ちになっていた。
その理由は自分でも分かっている。
ただ漠然と、理人さんのことが心配だったのだ。

「キルシェ。私、何かおかしいのかな」

「ぅにゃあ」

カウンターの上で寝転がるキルシェのお腹をマッサージするように撫でると、彼女は心地よさそうな声を出した。
そんな声に微笑みつつも、気分はなかなか晴れてくれない。

暖花さんが幸せに見えるたび、理人さんが苦しんでいくような気がする。
そんなはずないのに、どうして。
そう呟くと、キルシェは緑がかった神秘的な金色の瞳で私を見つめた。
それはまるで、私を心配してくれているようだった。
キルシェは人の心の機微に聡い、本当に不思議な子なのだ。

「ごめんね。大丈夫だよ」

苦笑して、その小さな額に自分の額を寄せる。
けれどキルシェは、その瞳の色を変えなかった。
その目を見て、胸の内に渦巻く不安が、さらに明瞭になっていくのを感じる。
それでも私はむりやり笑顔をつくり、もう一度彼女のお腹を撫でた。

それにしても、理人さんの帰りが遅い。
時計を見ればすでに夜の10時で、私は心配から、何度も窓の外を確認してはため息を吐いていた。

彼はというと、今日は朝から外仕事に出かけている。
ひと月ほど前、ちょうど暖花さんが恋人とお付き合いを始めたころから、彼は大企業も絡む都心のイベントの仕事に携わるようになっていたのだ。
とはいえ、いつも夕食の前には帰ってきて、遅くなるときには連絡をくれるのだが。
今日に限っては、日が暮れて夜になっても帰ってこず、なぜか連絡もくれない。

何かあったのだろうか。
心配になり理人さんに電話をしてみるも、結局その日、彼に繋がることはなかった。