「ごめんなさい、理人さん。私……」

私の態度次第では、彼の秘密が暖花さんにばれてしまうかもしれないのに。
迂闊に感情に飲まれてしまうなんて、私は呆れるくらいに子供だ。

「やだ、雨音は何も悪くないわよ。アタシこそ心配かけてごめんなさい」

「優しい子ね」と言いながら、理人さんはその大きな手で私の頭を撫でた。
そのせいで、また涙腺が緩んでしまう。

「アタシね、今すごく嬉しいのよ? 暖花が幸せそうで」

「本当に……?」

「ええ。そう思えるのは、雨音。あなたのおかげなんだから」

穏やかに言った彼の言葉を心の中で反芻して、私は首を横に振った。

「私、何もしてないよ」

「そんなことないわ。アタシの気持ちを知っても傍にいてくれたじゃない」

「でも、本当にそれだけでしょう? 特別なことなんて何も」

「ううん。それがアタシにとって、どれだけ心強かったか」

私の頭を撫でていた理人さんの手が、ゆっくりと離れていく。
目が合うと、彼はやはりにこりと笑った。

「時間はかかるかもしれないけど、アタシ、きちんと“暖花の弟”でいたい。今はそう思えるわ」

「……うん」

「そうだ。ブーケの花、何にしようかしら。姉さんは白い花が好きだから、メインはユリか胡蝶蘭……式は6月だから、クチナシなんかもいいわね」

クチナシの花言葉は、【私はとても幸せ】。

「姉さんにぴったりでしょう?」

そう言いながら、楽しそうに花を思い浮かべる理人さんを見つめて、私は小さく唇を噛んだ。

だったら、“理人さんの幸せ”はどうなるの?
ずっとずっと大切にしてきたその想いが、すっかりと消えてなくなるなんて、私にはとても考えられない。
その秘密がいつまでも、心のどこかであなたを傷つけるような気がして。

けれど、私にできることは何もないのだ。
そのことが歯がゆくて、仕方ない。

「……先に家の方に戻ってるね」

それだけを告げて、私は急いで理人さんの元を離れた。
自分の無力感に苛まれながら、悲しみや悔しさ、いろんな思いの混じった涙が頬を伝う。


私だけが知る、理人さんの秘密。
それは、彼が実のお姉さんである暖花さんに、ずっと昔から恋をしていることだ。
私がそれにはっきりと気づいたのは、もう5年も前のことになる。



暖花さんは今の旦那さんと出会うまで、一度も恋人をつくらなかったらしい。
綺麗で明るい人だから、きっと色んな人から好意を持たれたはずだけれど、彼女曰く、奔放な理花子さんを反面教師にして育ったため、恋愛や結婚にひどく後ろ向きだったそうだ。

しかしそんな彼女も、たった一人の運命の人に出会ってしまった。
そして、二人が出会った場所こそ、このトロイメライだったのだ。

お店がオープンして数日が経ったころ。
彼が店先を眺めていたところを、暖花さんが話しかけたのがきっかけだった。
水やりのお手伝いをしていた私は、偶然にもそのときの二人の様子を眺めていた。