「ただいまぁ」

私がぼんやりと理人さんの作品に魅入っていると、車を駐め終えたらしい暖花さんが、ふらふらとトロイメライに入ってきた。
そのままカウンターにあるイスに座るなり、ぐったりと体を伏せている。

「あら、姉さんもおかえりなさい。ずいぶんとお疲れみたいね」

「そうなのよ。自分のこととはいえ、大変で」

「でもね、暖花さんが頑張ったおかげで、今日中に候補を絞り込めたんだよ」

そう言って、私はカバンの中を漁った。
取り出したのは、先ほど撮影したばかりの暖花さんの写真だ。
それらを作業台の上に一枚ずつ並べていく。

「写真も撮ってきたから、理人さんも見てみて」

「本当? ……あら! 素敵じゃない!」

「候補はみっつあってね。形はだいたい同じなんだけど、デザインが少しずつ違うの」

そこまで絞り込んだ結果、ウエディングドレスはカラードレスとのバランスを見て決定することにしていた。
そんな説明しながら、理人さんの表情を窺う。
すると、写真に収められた暖花さんの姿を眺めながら、彼は目を細めて微笑んだ。
その表情を見て、胸がちくりと痛む。
慌てて理人さんから目を逸らし、それから思い直してもう一度彼を見ると、私の心配とは裏腹に、理人さんは笑みを絶やさぬまま暖花さんと向き合っていた。

「ドレスがシンプルなデザインだから、ブーケはボリュームを持たせて、思いっきり豪華でもいいわね。今から腕が鳴るわ」

「楽しみにしてる。でも、ほどほどにして頂戴よ?」

「任せて。アタシは姉さんに似合うものなら、何でも分かってるつもりなんだから」

理人さんの言葉を聞いて、私ははっと驚いた。
暖花さんも私と同じことを思ったのか、彼を見ながら噴き出すように笑っている。

「それ。さっき、雨音も同じように言っていたの」

「ええっ? 本当に?」

「ふふ。あなたたちってよく似ているのよね。優しい弟と妹に恵まれて、私は幸せだわ」

――弟。

そう、暖花さんにとって、理人さんはかけがえのない弟。
そんな当たり前の事実を、今さらながらに痛感させられる。
彼女の口から聞けば、なおさら。

けれどたったそれだけのひと言が、私の心をどうしようもなく不安定にさせていった。
いつ涙が溢れてきてもおかしくないくらいに。

「……姉さん。そろそろ帰らないと、旦那さんに悪いんじゃない?」

そんな私の様子に気づいたのか、理人さんは私を自分の影に隠しながら、暖花さんにそう言った。

「あら、もうこんな時間! ここにいると時間がゆっくりに感じちゃうのよね」

「もう。新妻がそんなことで大丈夫かしら」

「これからはきちんと気をつけるわよ。じゃあ、また明日」

二人の会話を聞きながら、理人さんの影でぐっと涙を堪える。
私が泣いて、どうするの。
そう心の中で言い聞かせるものの、膨れ上がった気持ちは抑えきれない。
やがてドアベルの音が響き、暖花さんが出ていったのを確認してから、私は大きく息を吐いた。