「ねぇ、雨音(あまね)。やっぱりこのブーケ、私には似合わないんじゃないかしら」

花嫁の証であるウエディングドレスを身にまとった暖花(はるか)さんは、手に持ったブーケを眺めながら、恥ずかしそうに呟いた。
白の胡蝶蘭を主役にバラやグリーンを混ぜたキャスケードブーケは、今日の彼女のために特別につくられたものである。
まるでそのことを知っているかのように、胡蝶蘭が得意げな顔で咲き誇っていた。

「そんなことないよ。それにドレスがシンプルだから、ブーケはボリュームがあって華やかなほうがいいって、理人(りひと)さんも言ってたじゃない」

「一般的にはそうだろうけど、おばさんが持つにはやっぱり可愛らしすぎるわ」

「もう。またおばさんなんて言って」

だいたいドレスだって、もう少し華やかなものでもよかったのだ。
それなのに彼女は「おばさんには似合わない」と、頑なにシンプルなものを選んだ。
私が強く勧めなければ、腕やデコルテでさえ出すのを惜しんだだろう。
折衷案として決めたスレンダーラインのドレスは、結果的には彼女によく似合っているけれど。

「自信持って。暖花さんは今、世界中の誰よりも綺麗だよ」

「やだ、言いすぎよ」

「私は本当にそう思ってるんだからね」

最後の仕上げにと、綺麗なダイヤモンドのネックレスを暖花さんの首に飾る。
首元の開いたドレスに映えて、それは一段と輝いて見えた。

「幸せになってね、暖花さん」

「ええ。ありがとう」

鏡越しに目を合わせれば、暖花さんはとても幸せそうに微笑んだ。

時刻はもうすぐ12時になる。
彼女の挙式が始まる時間だ。
しかし招待客の中で、まだ一人だけ姿を現していない人がいた。

「やっぱり、来られないみたいね」

暖花さんは、その人のことをずっと待っていた。
彼女のたった一人の弟、理人さんのことを。

「……お仕事があったなら、しょうがないよ」

「そうよね。ワガママ言っちゃいけないけど、あの子がつくってくれたブーケだから、見てもらいたかったな」

寂しげな暖花さんを見て、胸がちりりと痛む。
そう、何を隠そう彼女のブーケは、フラワーデザイナーである理人さんがつくったものなのだ。
だから色味も形も、彼女と彼女のドレスにとびきり似合うように仕立てられている。

そのブーケの花々の中で、なぜかピンクのバラだけは三つが蕾であり、きちんと咲いているのは一輪だけだった。
それが意味するのは、彼の想いの結晶である。

【あのことは永遠に秘密】。

理人さんの、人生最大の告白と。
無言の決別と。
最高の祝福が込められたブーケ。

密やかに込められた、バラの花言葉の意味。
それを暖花さんが知ることは、きっとこの先、永遠にないのだろう。

12時を報せる鐘が鳴る。
私は目を伏せながら、彼と彼女の幸せを祈った。