淡々と人の生活を送る。今の名前は宮野月。月はそのままツキと読む。覚えやすい名前だとアルバイト先の人たちは彼女を名前で「月ちゃん」と呼ぶ。月がいるのは都会の真ん中、ビーズクッションと呼ばれるものの専門店だ。専門店といだけあってベッドや椅子に置く小ぶりなものだけでなく、ソファ用の大きなものや猫耳を付けた人の身長くらいのものもある。寝るときに抱きしめたり椅子に座らせたりするらしい。伸縮性の高い布地で覆われておりいずれも原色の赤やピンク、蛍光緑など目に鮮やかだ。
月は25歳。ここではそう通っている。元恋人と暮らしていたアパートに現在は一人で住んでいる。昼間から夜までアルバイトに出てコンビニでご飯を買ってアパートに帰る毎日はとても人間らしい暮らしだ。
その日もアルバイトへ向かうと同じシフトの一回り上の上野さんが、
「店長変わるんだって」
と声をかけてきた。
「移動ですか?」
「そうそう。来月から新しい人がくるらしいよ」
へぇと月は思った。この店の店長は月の採用のときから同じ人だ。とはいえ、自分自身がころころと場所や名前を変えているので人が変わるということに抵抗はない。そうなんだと思うのが全部だ。
それから一月後、夏の暑さが残る9月。その人がやってきた。あれから10年経ったのか、供くん。供はあの頃から変わらない笑顔で「よろしくお願いします」とみんなに向かって微笑んだ。彼は相変わらず黒髪のまま少しばかり冷静さを増したような落ち着きを持っていた。月はといえばそのグレーがかった髪には人用のカラー剤は効かなかったから、やはりあの頃のままだったし、月に至っては老いるという変化が著しく低い分、長い時間を共に過ごせば過ごすほど彼女だけが合成のように際立ってしまうだろう。供の移動初日、店には供、上野さん、月の三人だった。何かあれば月より歴の長い上野さんが店長の質問に答える。月は知らん顔して接するのに距離を取っていた。午後、上野さんが休憩に行くと供と月は二人きりになった。平日のこの時間はお客さんも少なく買いにくる人はもっと少ない。供が月に声をかけた。
「宮野さんは、月ちゃんって呼ばれてるんだね。いい名前だね。」
「ありがとうございます」
それ以上、月は会話を続けない。それに構わず供は月を見て微笑むと、
「僕の高校の同級生に似てるんだよね。その人は月乃って言うんだ。最初に見たときはびっくりしたよ」
彼はあっけらかんとそう言うと、「月って字最近多いのかな~」とひとり言を残してレジでのパソコン作業に戻った。
ワイシャツを着なれた背中はあの頃よりしっかりして見えた。聞いてみたかった。あなたはどんな風に過ごしてきたの?と。でも聞いたら話さなきゃいけなくなるだろう。話せることなんてなにもないのに。月は静かに息を吐くと店オリジナルの行進曲のようなBGMが流れる店のなかを掃除するふりして歩いた。
一週間も経つと供は店の人ともよく話すようになり、自然とその中に月もいるようになった。彼が店に来てから半年も経った頃3月の終わり、二人はこっそり付き合うことになった。
月は25歳。ここではそう通っている。元恋人と暮らしていたアパートに現在は一人で住んでいる。昼間から夜までアルバイトに出てコンビニでご飯を買ってアパートに帰る毎日はとても人間らしい暮らしだ。
その日もアルバイトへ向かうと同じシフトの一回り上の上野さんが、
「店長変わるんだって」
と声をかけてきた。
「移動ですか?」
「そうそう。来月から新しい人がくるらしいよ」
へぇと月は思った。この店の店長は月の採用のときから同じ人だ。とはいえ、自分自身がころころと場所や名前を変えているので人が変わるということに抵抗はない。そうなんだと思うのが全部だ。
それから一月後、夏の暑さが残る9月。その人がやってきた。あれから10年経ったのか、供くん。供はあの頃から変わらない笑顔で「よろしくお願いします」とみんなに向かって微笑んだ。彼は相変わらず黒髪のまま少しばかり冷静さを増したような落ち着きを持っていた。月はといえばそのグレーがかった髪には人用のカラー剤は効かなかったから、やはりあの頃のままだったし、月に至っては老いるという変化が著しく低い分、長い時間を共に過ごせば過ごすほど彼女だけが合成のように際立ってしまうだろう。供の移動初日、店には供、上野さん、月の三人だった。何かあれば月より歴の長い上野さんが店長の質問に答える。月は知らん顔して接するのに距離を取っていた。午後、上野さんが休憩に行くと供と月は二人きりになった。平日のこの時間はお客さんも少なく買いにくる人はもっと少ない。供が月に声をかけた。
「宮野さんは、月ちゃんって呼ばれてるんだね。いい名前だね。」
「ありがとうございます」
それ以上、月は会話を続けない。それに構わず供は月を見て微笑むと、
「僕の高校の同級生に似てるんだよね。その人は月乃って言うんだ。最初に見たときはびっくりしたよ」
彼はあっけらかんとそう言うと、「月って字最近多いのかな~」とひとり言を残してレジでのパソコン作業に戻った。
ワイシャツを着なれた背中はあの頃よりしっかりして見えた。聞いてみたかった。あなたはどんな風に過ごしてきたの?と。でも聞いたら話さなきゃいけなくなるだろう。話せることなんてなにもないのに。月は静かに息を吐くと店オリジナルの行進曲のようなBGMが流れる店のなかを掃除するふりして歩いた。
一週間も経つと供は店の人ともよく話すようになり、自然とその中に月もいるようになった。彼が店に来てから半年も経った頃3月の終わり、二人はこっそり付き合うことになった。