奈多 月乃(なた つきの)。彼女の新しい名前である。月乃は春から高校へ入学し他の新入生と同様に学校生活を過ごした。
5月早くも仲のいいメンバーが固まってきたころ、友達のひとりから「今日空いてるか?」と誘われた。月乃はうんと頷いた。他のクラスの子を交えてカラオケに行くようだ。
放課後合わせて六人の男女が正面玄関前に集まった。女子が四人の男子が二人。六人は駅前のカラオケボックスに入りおのおのがドリンクバーから飲み物を持ってくると、
「はじめて会う同士もいるよね」
と簡単な自己紹介が始まった。月乃は表面的な反応とは反し人への興味を持たなかったがその中に一人だけ気になる顔があった。
(とも)でいいです」
いいってなにーっと誰かから突っ込みが入る。供は、笑うの苦手なんだというように口を閉じたまま静かに微笑んだ。証明が落とされ薄暗い部屋の中で見る供のその表情は、かつて川原で微笑んだあの人の姿と重なるものがあった。月乃は人知れず「くっ」と小さく笑った。また暇潰しに恋でもしてみようかと。
供は学校が終わると放課後のほとんどをアルバイトにあてていた。高校生活が半年も経つと、アルバイトをしていない子の方が珍しいなり月乃も度々「バイトしたらいいのに」と言われていた。
「供はバイト代何に使ってるの?」
ある日月乃が聞くと、
「服とかネット代とか、あとは貯金」
と供は答えた。供は毎日のように遊びに行く訳でもないし特別高価なものを身に付けている様子もなかった。
「日数減らせばいいのに」
月乃が言うと、
「バイトは暇潰しだから、貯金もできるし」
ふぅん、と月乃は呟き爪の形を指でなぞった。月乃は生きていくのにお金はかからなかった。家もなくていいし、食事もいらない。遊びに行ってもお金がないとできないことはしていなかったし、カラオケやファミレスのドリンクバーなんかは誰かがついでで出してくれているようだった。それが定番化していたので、誰も出したくないとき月乃は誘われなかったがそれを気にすることもなかった。
「月乃も暇ならバイトすれば?」
「うん、してもいいんだけどね、ほしいものないし」
供が顔を覗き込んだ。
「珍しいね」
そのときのにこりとした表情がやはり世禄に似ていて月乃はこっそり胸を高鳴らせた。
それから二人が付き合うまでにあまり時間はかからなかった。
月乃と供が付き合っていることがクラスメイトに知れた頃には二人は一緒に帰るようになっていた。休みの日も供のバイトがない日には映画をみたり広いカフェのある公園をただ歩いたりした。世禄と過ごせなかった時間を変わりに今味わっているようだ。そうしているうち月乃は打ち明けたい気持ちが沸いてくるのを知らん顔できなくなっていった。
日曜日、クリスマスが近づく賑やかなその日、月乃は供と手袋越しに手を繋いでまだ明るい並木道を歩いた。夜になればイルミネーションがきれいだよ、とその電飾たちが葉っぱのない木々に絡み付いてる。
「脱け殻みたいだね」
月乃が呟くと、
「ごめんね、今度はちゃんと夜に誘うね」
そう言うと供はあっと顔を赤らめた。
「変な意味じゃないからっ」
慌てる供の様子に月乃はついクスっと笑った。
「大丈夫だよ」
供は今日も夕方からアルバイトだ。よく働くなと月乃は思い自分もやってみようかと考えてはみたが、手続きを考えると面倒くさくてやめてしまう。学校に入ったときのようにできなくもないが、実際結構な手前なのだ。その点は昔の方が楽だったなーと月乃は思う。身元がよくわからなくても受け入れてくれるところはあったのだから。今は何かと書類書類である。はぁと思わずため息がこぼれた。
「何かあった?」
供が聞く。
「ちょっと考え事してた」
月乃は適当にそう言った。供はそれをどう受け取ったのか真剣な目をして月乃を見つめた。
「月乃はさ、卒業後のことって決めてる?」
「いや、全然」
「そうか、僕はたぶん大学に行くと思うんだけど月乃はその辺どうなの?」
「進学か、就職かってこと?」
「どっちにしようかくらいはあるんじゃない?」
うーん、と月乃は答えに迷った。本当の話をするなら高校を卒業すればまた森の奥深くへ戻るか、こことは全く別の遠くの町へ行くだろうから、どちらにしても供や学校の子とはあと二年半の付き合いと決まっているのだ。月乃は結局、まだわかんないと濁しその場を
やり過ごした。
「決まったら教えてね」
供はそう言うと首をかしげてにっこり笑った。ずっと一緒にいたくなるようなそんな笑顔をするのだ。