妲妃は森の奥深くただその力が突ききるのを待っていた。見た目は10代後半から20代中盤、しばらく日の光に当たっていないかのような白んだ肌と長細い手足も相変わらずだ。
「退屈だな」
妲妃は呟く。巾着袋の朱色の紐を指にかけくるくると回す。食べ物も飲み物も彼女は必要としない。それらの行為は人のふりをするための道具でしかないのだ。
あれからどれくらい経ったのか、この深い森にはなんの知らせも届かない。
「久しぶりに行こうか」
妲妃は両腕を伸ばすと、
「うぉぉぉぉぉー!!!」
と叫んだ。
「め、さーめたっ!」
そう言うとルンとした顔で森を登って行った。力が弱まっているため空を飛んだり火を吹いたりはできないが、疲れ知らずの彼女は休むということをせず人の多い町まで歩き続けた。町の風景は彼女の知っているそれとはだいぶ変わっていた。お城のような背の高い建物がいくつもならび、見たことのない生き物が人を乗せ走る。長年生きている彼女はそれが何かは知らずとも、なるほど文明だなと目に新しいそれらを見て楽しんだ。
さて今回はどうしようか?
前は結構若かったからもう少し大人でいくか?
妲妃はそのときどきで設定を変える。16歳の少女であるときもあれば、25歳の大人の女性のときもある。彼女は思惑しながら町をつらつらと歩いていると、首もとにスカーフを巻き大きな後ろ襟をつけスカートを揺らして歩く二人組とすれ違った。学生のようだ。それを見て彼女は決めた。前と同じではあるが、今の人の世を見物するにはむしろちょうどいいだろう。妲妃は16歳の高校生として人の世に入り込むことにした。
学校へ入る前に今がいつなのか調べてみると、あのときから80年あまりが経っていることがわかった。それは彼女にとっては二度寝したくらいの時間ではあったが周りの風景の変容がその時間をより長いものに思わせた。