Girls be ambitious! Side Story


 アイヌ系への差別は根深い。

 それは雪穂は子供の頃からよく知っていて、例のリボンバレッタだって、アイドル部の活動のときに雪穂は使わない。

「うちのパパも、それで若いときはグレたみたいだし」

 しかし立ち直ってからは一代で建設会社を起こし、そのおかげで今の雪穂があることを、雪穂もよく分かっていたようであった。

 それだけに。

 あまりアイヌの話はしなかったのだが、オーディションの日は例のリボンバレッタをつけていた。

 雪穂は御守のつもりであったらしい。

 

 しかしこれがのちに、

 ──出演していただけませんか?

 と、まさかのオファーに繋がり、結果論として雪穂はアイドル部を早く辞めることになったのであった。

「卒業ライブ、出たかったなぁ」

 それだけが唯一の心残りであったらしいが、

 ──アイドル部の大感謝祭をします。

 と企画が持ち上がると、

「ずる休みしてでも出る!!」

 雪穂は言い出したら聞かないところがあったからか、スケジュールをこじ開けて出演を決めた。


 国立競技場ライブの日。

 雪穂は例のリボンバレッタを、初めてライブでつけた。

 それはいつもより誇らかに、大人っぽくショートボブスタイルになっていた雪穂を飾っているようにも、雪穂をカムイが護っているかのようにも見えたが、

「アイヌ以外から見たら、ごく普通に可愛らしいデザインのリボンバレッタだもん」

 という言葉を、雪穂はふと思い出したらしかった。


 昼下がりの甲子園球場、七日目の第三試合で四十九代表の殿(しんがり)として京都府代表、三十八年ぶり二回目の出場である府立()(きょう)(かん)高校が登場すると、関西のチームだけにアルプススタンドだけでなく、内野外野のスタンドからも拍手がわき起こった。

 じっとりとした汗の出そうな蒸し暑い日で、

「七回あたりまで投手戦に持ち込めば、勝ち目はあるかも知れへんな」

 監督はサラッと言ってのけたが、

(…いっぺん投げてみろや)

 エースナンバーをつけたピッチャーの嶋清正は内心、軽々しい監督の言葉を小馬鹿にした様子でブルペンに向かった。


 ここまで、強豪古豪ひしめく京都の府大会を一人で投げ抜いてきた清正には、簡単には打たれない秘策があった。

「緩急とコーナーワークだけ間違えなければ、多少球速が遅くても何とか打ち取れる」

 という、経験値から導き出した独自の配球術である。

 現に府大会の決勝、黒谷(くろたに)大学付属高戦では八回まで相手に二塁すら踏ませないピッチングを見せ、府大会のあとの合宿のときには二球団ほどスカウトが清正を見に来たことすらあった。

「でもワイひとりで野球は出来ん」

 キャッチャーの芦野弘大がいなければ、読み通りに球を振ったり見逃したりはしてくれない。


 キャッチャーの芦野は、清正が少し狷介な性分で、

(たまに相手を見下してかかる癖があるからなぁ)

 と、警戒をしていた。

 ノーシードから勝ち上がったチームだが、それだけに順調でもなく、勢いに任せて勝ち残ってきた訳でもない。

 府大会の三回戦、蹴上学園戦では初回に三点取られたのを引っ繰り返して勝ったのだが、清正が強気でストレートで押しまくり、甘くなったところを打たれていた。

 芦野はそれを気にしていたのである。


 なぁ芦野、と清正は、

「あれは確かにワイが悪かった。でも同じことはやらん。安心せえ」

 ついでながら立ち直ってからの清正の集中力は只者ではなく、鬼か神でも取り憑いたかというようなコントロールで、特に相手の膝もとへのボールは、腰が砕けるのではないかというぐらいに体勢が崩れてしまうほどであった。

 話を戻す。

 試合は時教館の先攻で始まった。

 清正は二番打者で、もっぱら送りバント要員のような感もなくはなかったが、たまにヒットも打つ。

 先頭打者が四球を選んで一塁に行くと、

「二番ピッチャー、嶋くん」

 白いヘルメットをかぶった清正が左打席に立った。



 相手チームは清正について「クレバーだが何を仕掛けてくるか分からない選手」として、かなりチェックを入れてあったらしい。

 そんなことは清正は分からない。

 初球の甘めの球を勢い良く振り抜いた。

 走りながら打球の行方を目で追った。

 フェンス直撃のヒットで、清正は二塁に到達した。

 一塁にいたランナーはホームベースを踏んで、結果としてこれが清正の最初で最後のタイムリーヒットとなった。


 このイニングは最終的に一点どまりであったが、

「とりあえず、これでノーヒットノーランだけは避けられた」

 円陣の真ん中にいたキャプテンがいうと、清正以外の選手はどっとウケた。

 清正は早々とマウンドに上がって、投球練習を始めた。

 府大会の準々決勝で清正は、ボール球ながら145kmを出している。

「あれはまぐれやで」

 などと言うのだが、腕を鞭のようにしならせ、膝を畳み込んだフォームから、オーバースローで投げ込んでくる。

 清正は初球はストレートと決めていた。

 しかしキャッチャー芦野は、

「今日は、スライダーから行こう」

 マウンドに来ると、清正に言った。

 相手の様子から、清正のストレートに勝負を張っているように見えたのである。

 清正はこういうときは恐ろしく素直で、

「分かった、スライダーを中心に組み立てよう」

 初球はスライダーから入った。

 すっぽぬけのスライダーがホームへ流れてゆく。

 打たれた。