Girls be ambitious! Side Story


 たまたまマネージメントをしていた長内藤子がメンバー復帰を果たした時期でもあったので、

「メンバーやりながらマネージャーやってみない?」

 みな穂に問うた。

「でも、人前は苦手ですし…」

「最初はみんなそんなもんだって」

 現に有澤雪穂なんぞは最初かなり人見知りで、

「あんなのでメンバーつとまるのかなって思ったことあったもん」

 と、みな穂より人見知りが強かった話をした。

「あの有澤雪穂…先輩が?!」

 あやめには驚きであったらしい。


 この日はみな穂は結論を出さなかったが、

「…まぁセンター張る訳でもないし、後ろ側なら」

 というぐらいには、年末ごろには考えも少し変わっていたようであった。

「今度の正月、部員に二人を紹介するから」

 唯の招集で岐部優海の家までやって来ると、唯にLINEでメッセージを入れ、しばらくして唯が出た。

「こっちだよ」

 あやめとみな穂は唯についていくと、

「今度入りたいって附属の子を連れてきた」

 とメンバーに引き合わせた。

 テレビで見たことのあるメンバーが居並んでいて、みな穂は緊張し始めたが、

「みな穂ちゃんって背高いけど、なんかスポーツやってた?」

 と聞かれたので「少しだけ水泳してました」と答えた。

 

 水で無駄なものが削られるんだね、といったようなやり取りのあと、

「そんな、砥石じゃないんだからさ」

 言ったのはブルーの振袖を着た有澤雪穂であった。

 アイヌの血を引いていた雪穂は、この当時のメンバーの中では一、二を争う人気で、

「よろしくー」

 と雪穂はニコニコしながら二人を座らせた。

「なんか妹ができるみたいで嬉しいなぁ」

 あやめとみな穂を、特になんの理由もなく気に入ったようであった。

 後に雪穂は、

「あやめとみな穂が仮に来なかったら、アイドル部は私たちの代で終わっていたかも知れない」

 と述べているのだが、それはみな穂という芯のあるキャラクターがあらわれて、チャラチャラとそれまで少し浮ついていた感のあったアイドル部が、変わってゆくきっかけになったのかも知れないことを指していた。

 余談ながら、のちにみな穂がデビューした際、真っ先に挨拶に赴いたのは、有澤雪穂のもとであった。


 有澤雪穂がアイドル部に入った切っ掛けは、

「ねぇねぇ、そこの可愛いリボンの美少女ちゃん!」

 と、当時の部長であった関口澪の、まるでナンパのような一言がすべての始まりであった。

「その髪留め、どこで買ったの?」

 澪は返事を急いで求めようとはしない。

「…これ、ハンドメイドです」

 苫小牧の祖母が作ってくれた、今では形見となっていた模様入りの大きなリボンがついたバレッタスタイルの髪留めである。

「その模様は?」

「何かよく分からないんです」

 雪穂は言った。

 のちに澪は知ることになるが、それはシマフクロウが翼を広げた模様が、シングルラインで縫い取られた紺色のリボンバレッタで、恵まれた髪質のロングヘアを束ねてある。

 それが、クッキリした二重瞼の色白な雪穂によく似合った。


 雪穂はアイドル部に入るつもりもなければ、そもそもアイドルに興味がない。

 どちらかと言えば洋楽やジャスが好きで、サックスを習っていたことがあったからか、あれば軽音楽部に入りたかったのだが、

「うちの学校、軽音楽部ないんだよね…」

 澪に言われるまで知らなかった。

「でもアイドル部って言っても楽器はOKだから、もしかしたら軽音楽活動、出来るかもよ」

 この澪の言葉で、アイドル部を覗いてみることにしたのである。


 週末、ダンスレッスンに参加した雪穂は、自分があまりにも踊れないことにショックを受けた。

「ダンスやってなかったら、そんなもんだって」

 同期で入った岐部優海に言わせると、そんなところらしい。

「…やめようかなぁ」

 雪穂は諦めが早過ぎる嫌いがあったのだが、

「私だって最初はひどかったからなぁ」

 後ろから言ったのは、長内藤子である。

「雪穂ちゃん、悪いけど最初の頃の私より上手いよ」

 藤子は運動音痴であったらしく、

「私なんかダンスの練習中、靴飛ばして行方不明にしちゃってさ」

 雪穂は思わず笑い出した。

「でもダンスってリズム感だから、サックス吹いてる雪穂ちゃんならこなせるんじゃないかなぁ」

 ちなみに藤子は楽器も苦手らしかった。


 雪穂が自宅の駐車場でダンスの自主トレを始めると、

「練習場作ってやる」

 と建設現場で余った資材を使って、父親が雪穂の登校中に、昼休みの合間を使って姿見つきの練習スペースを作ってくれた。

 雪穂は見てはじめは驚いたが、夜中までダンスの練習をしていくうち、五月の連休明けにはいっぱしに踊れるようになり、

「あんた、ホントは踊れないフリしてたんじゃないの?!」

 と優海に疑われる始末であったが、何とか出来るようにはなった。


 連休明けからは、リラ祭と呼ばれる学園祭のステージ練習が始まった。

 コントをすることになったのだが、

「私なんかに出来るかなぁ?」

 そうは言っていたが、お通夜のコントで焼香のシーンに差し掛かって、雪穂が足のしびれた役を演じてみると、

「雪穂ちゃん、上手いよね」

 演技が上手いことに、副部長の桜庭ののかが気づいたらしく、

「あれなら歌が下手でも、女優さんでイケそうだわ」

 と、予言めいたことを言った。

 事実、このときのコントの経験は女優となってからコント番組で活かされ、

「有澤ちゃんってさ、他の女優さんと違ってコント上手いんだよね」

 と、のちに大御所のコメディアンから評価を得るに至るのだが、それははるか先の話であった。


 ボイトレも雪穂は習ったのだが、歌はまぁ普通というか人並みで、同学年に歌の上手い優海がいてリードボーカルとなっていたから、

「雪穂ちゃんは演技のほうを磨いたほうが良いかも」

 という澪のアドバイスで、演劇の発声やミュージカルの動画を見たりと、あまりアイドルらしからぬレッスンを自分なりにしていたらしい。

 リラ祭のコントで人気の出た雪穂は、どういう訳か告白されることがふえた。

「雪穂ちゃん、彼氏いる?」

 などと訊かれるのはしょっちゅうで、中には下駄箱にラブレターが入ってたり、

「私の彼女になってください」

 などと、陸上部の選手──女子高である──から直接打ち明けられることなどもあった。