打ち解けてからは、電車もだりあに合わせて乗り合わせるようになった。
だりあのいる学生寮は発寒中央にある。
何両目のドア何番目、とか翔子は決めて乗る癖があって、だりあはよく停止位置に立って、わざと翔子の目の前にあらわれる…という小さないたずらを仕掛ける。
「…あんた、うちがいるのよう分かるなあ」
「まぁねー」
だりあにすれば毎日見ていればわかる話である。
そんなだりあに翔子は、
「うち、転勤族やからあんまり友達おれへんねんけど、小さいときにダーリャみたいな友達がおったら、少しはマシやったかも知れへんわ」
とだけもらした。
「私はずっと北海道で、高校来るまでずっと函館だったから、札幌来て戸惑うこともあるけど、何か翔子みたいに自信を持って過ごしたら楽にいけるのかなって」
だりあは言った。
部活動からの帰り、だりあと翔子は珍しく札幌駅のゲームセンターに寄り道し、二人でガチャを引いた。
同じ黒猫の缶バッジが出た。
「…友情の証かも知れへんからつけとこ」
「そだね」
二人で鞄につけ合った。
「大丈夫かな、変な風に見られたりせん?」
「自意識過剰だよ」
二人はゲームセンターを出ると翔子は新千歳行、だりあは手稲行にそれぞれ向かって、コンコースで手を振って別れた。
原宿でスカウトされたとき、橘すみれは中学生であった。
修学旅行で東京へ行き、最終日のお土産を買いに行くのが目的で、スカウト待ちなどといった優雅な身分ではない。
が。
相手はスカウトとはいえ、マネージャーでしかも女性で、
「長谷川カナ」
という可愛らしい名前とは裏腹に、グレーのスーツに黒縁のメガネをかけ、ロングヘアもくしけずったような体裁がなかったので、
──新手の宗教勧誘か?
と、すみれは最初は警戒をあらわにしていたようである。
ツインテール姿のすみれを見た長谷川マネージャーは、
──華がある。
というので声をかけたらしい。
ちなみにこの頃からすみれはツインテールにしていたのだが、たまにほどくときがある。
当時片思いをしていた隣のクラスの蠣崎廣健と接近する機会がある、体育の授業のときは、ツインテールをほどいた。
すみれのいた旭川の中学は、生徒数が多くない。
体育の授業は、隣どうしのクラスが合同で受ける。
そのため、すみれと廣健は同じ体育の授業となり、果然すみれは廣健と近づくこともあった。
廣健の蠣崎家は父親の代までいた松前では文武両道で知られた家で、当たり前ながら廣健もスポーツは覚えがある。
いっぽうのすみれもダンススクールに通っていたりしたので、スポーツは出来ない訳ではない。
当然のことながら、廣健とすみれは陸上やバドミントンなど、男女混合で行なわれる競技では鍔迫り合いを演じることがあって、
「時間切れにつき引き分け!」
と、勝負がつかなかったことすらあった。
しかし。
たまに廣健は、わざとではないがすみれに敗けることがあった。
すみれにすれば勝負なので別に驚きはないが、
「女子に負けるとは情けない」
と廣健は言われたりすることもあった。
「ま、勝負はときの運だからね」
としか言わなかったが、実際にはかなり悔しかったらしいものの、
「いずれ勝てば良い」
という肚づもりもある。
そんな平和な日々であったところに、長谷川マネージャーがすみれの母親と一緒に中学へとやって来たのだから、当たり前だが中学は灰神楽の立ったような騒ぎとなり、
「橘すみれを是非モデルデビューさせたい」
というので、学校始まって以来のことだけに、どうしたら良いものか、困じ果てたようであった。
東京あたりの中学ではこうしたことは物慣れた者が必ず一人二人ばかりあって、
「とりあえず受験を終わらせてから考えましょう」
というような話で済むのだが、そうした縦横家のような者がなかった。
そのため、
「これは罠に違いない」
新手の詐欺である──と見て通報したものがあって、長谷川マネージャーは、警察署まで連れて行かれた。
結局のところ当たり前ながら無罪で、放免はされたものの、
「橘すみれのスカウティングはかなり難しい」
と言われてもいたらしい。
そのような騒ぎがおさまった頃、
「橘、ちょっといいか?」
廣健に呼び出されたすみれは、意外な言葉を聞いた。
「うちのクラスに、大内っているだろ?」
すみれは顔が歪んだ。
握り飯を潰したような顔と、金持ちの子息らしい鼻持ちのならなさ加減から、
──毒まんじゅう。
と陰で呼ばれていた同窓生である。
「毒まんじゅうがどうかしたの?」
「あいつさ、すみれのことが好きらしいんだよ…」
よりによって、どうしたことかとすみれは泣きそうな顔をした。
「それで、俺に仲を取り持ってくれって言うんだけど…でも俺、実は橘のことが好きでさ」
ずいぶんサラリと言ってのけた。
「だから渡したくなくてさ、それで」
悪いが廣健のことを好きなふりをしてくれないか──というのである。
しばし考えていたが、顔を赤らめたすみれは周りを見回してから、
「あのね…実は私も、蠣崎のこと好きなんだ」
これには逆に廣健が驚いたが、
「じゃ、カップル成立だな」
廣健は握手を求めた。
すみれは手をつなぐことで応じた。
早速二人で手をつなぎながら廊下を歩いていると、
「蠣崎!」
見ると、顔を真っ赤に怒らせた毒まんじゅうこと大内がいる。
「話が違うだろ!」
「…仕方ないだろ。俺は橘に話をしたけど、俺だって橘が好きだから、しかも彼女はお前のことをあんまり好きではないらしいから、守ることに決めたんだ」
自分で告白しなかったお前が悪い、としたたかに言い放った。
「金があるからって、誰でも言うことを聞くと思うなよ」
廣健の凄みに、とうとう毒まんじゅうは泣き出した。
「裏切り者…!」
「なんとでも言え、意気地なし」
廣健は悪役をかぶることで、すみれを守りたかったのかもしれない。