「酒井多幸朗さんは、綺麗に群像劇を書けるから羨ましい。難しいんだよね、群像劇」
二人だけの部室に、夏目の声が染み渡った。
「小説書いたりするんだ」
若干、恥ずかしそうに下を向いて夏目は言った。
「まあね。でもまだ下手くそ」
夏目は小説、書くほうもするのか。意外だった。てっきり読む専かと。話を重ねる内に、読書の趣味が似ていることも知った。似ているとは言っても、人気のある一般的な大衆文学なのだが。
「夏目が良かったら、今度読ませてよ」
「......分かった」
珍しく夏目が声を弾ませる。「今月は文化祭があるじゃない?面白いことしようと思う」
面白い、、、こと?夏目が言うと嫌な予感しかしないのだが。
「そんな顔する?きっと楽しいよ」思わず顔を顰めていたらしい。
夏目のこういうところは、多分他の人と感覚がズレている。かなり。
「でも止めろって言っても、結局やるんだろ?」
「やるよ。退屈しのぎは私にとって、死活問題だからね」
ニシシシ、と悪戯好きの子どものように笑う夏目。こんな顔もするんだな。
「内容は内緒。楽しみにしててね」
その悪戯を楽しみにしている俺がいることに、困惑と喜びを感じながら、苦笑した。

文化祭の演目は、変わり種だった。夏目の脚本だ。
主人公は誰もが羨む仮面を持ち、その美しさから人の目を引いた。人が見ていたのは彼ではなく、彼の仮面だ。彼は孤独を拗らせ、禁断の恋をする。
本当に夏目って何も知らないんだよな?時々、その洞察力が恐ろしくなる。これはまるで、瑠璃そのものだ。
恋の相手は、誰からも相手にされない、醜い仮面を持つ女だった。その仮面は美しい仮面を食い殺す。主人公は死を悟りつつ、恋に溺れて行く、というあらすじだ。演じるのは天鬼
俺の役は、主人公に片思いする村娘。夏目......まあこれは劇だから、何も言わないことにする。
夏目は舞台を掻き乱すトリックスター。彼女にピッタリな役だと思う。男装しているので、ここでは彼、か。

練習を重ね、当日がやって来た。基本的にダラダラしている部活動にしては珍しく、緊張を感じる場面だ。下がった幕の向こうには、大勢の観客がいる。
「それじゃあ、積み重ねて来た練習の成果を出し切ろう」たまには部長っぽいことをしてみる。
「君がそんな感じなのは珍しいね」夏目が目を丸くして言った。
瑠璃が、珍獣でも見るような目をしている。「いつの間に仲良くなったの」
「最近じゃ夏目もよく部活に来てるし、お前らが教室でイチャついてる時間が長いから、自然と話す機会が増えただけだよ」
「イチャついては、いないと思います」天鬼はまだ敬語を使っている。瑠璃とはタメ口だったと思うのだが。
「まあとにかく、頑張ろう」雑に締めて舞台の中央へと向かう。
劇場の幕が上がった。