雨だ。
反射で動くように鞄から傘を取り出そうとする。でも今日の天気予報は晴れで、予備のつもりで持ってきたから奥まって取れない。もたつきながら折りたたみ傘を出して差すと、瞬く間に大粒の雨が降り注ぎ始めた。
さっきまで薄ぼんやりと明るかった景色が一気に暗くなる。空はどす黒い雲が覆っていて、遠くからは雷鳴が聞こえてきた。折りたたみ傘には絶え間なく伸し掛かるような雨が降り注ぎ、足元に泥が跳ね隙間から靴を濡らしていく。
どこかで一旦雨宿りをしなきゃいけない。
不安を抱えながら進んでいくと、大きな岩と岩が重なり合って、人ひとり入れるくらいの隙間を作っていた。少しずつ岩場を登り、隙間に入るようにしてしゃがみ込む。靴下はすでに雨水と泥をたっぷりと吸っていて酷く重たい。いつの間にか遠くから聞こえていた雷鳴は大きく目の前に轟くようなものに変わって、目の前が激しく光るほどに近くなっていた。
このままだと、絶対山になんて登れない。山登りは中止になったかもしれない。早く下山をなんて話に、なっているかもしれない。
鞄からスマホを取り出して、画面のロックを解除する。電話を。電話をしなきゃいけない。今日の山登りのしおりには、緊急時の電話番号が書いてある。そこに電話をして、助けを求めるべきだ。そう思っても電話のアプリに指が向いていかない。
学校に、連絡を入れればいい。
でも電話を出来る気がしない。
間違いなく助けを呼ばなきゃいけない状態なのに、ボタンを押す気になれない。どうせわかってもらえない、無駄だ。通話はまだ始まっていないのに、繰り返し聞き返されるような声が聞こえてきて中学の出来事を思い出す。
安堂先生にバレて、また中学の時みたいになるんじゃないか。ただでさえ清水照道に馬鹿にされて玩具にされている今、安堂先生が私のことをクラスの連中に言ったら、また中学と同じ目に遭うんじゃないか。
せっかく、せっかく外に出られるようになったのに。学校に通えて、お母さんにもお父さんにも迷惑かけずに済んでいるのに。
そう考えると、今助けてもらうより、いっそこのまま雨が止むのを待って、自力で降りていくほうがよっぽどいいことのように思えた。それに、私がいないことなんて誰も気づかないかもしれない。点呼の時、私がいないことに安堂先生が気付いても、きっと河野由夏たちに話しかけられたらすぐに忘れる。大丈夫、電話なんてかけなくていい。
身を千々込めるようにして膝を抱え、ぎゅっと手のひらを握りしめる。
どうして、電話が出来ないんだろう。みんな、みんな普通にしているのに。そう考えると無性に死にたくなった。お母さんも、お父さんも普通にしてる。皆してる。なのに私だけができない。死にたい。もうこのまま、消えたい。助けなんて来なくていいからみんな私のこと忘れてほしい。
ぐっと喉が詰まっていくのを感じながら顔を伏せる。すると雨音と雷鳴の隙間を縫うようにして、人間の叫ぶような声が聞こえてきた。
私のほかにも、遭難してる人がいるのかもしれない。
顔を上げて周りを見ると、暗がりの中で雨が降りしきるばかりで景色は分からない。ただ時折大きく鳴り響く雷鳴とともに、ぱっと周りに光が照らされ、人影のようなものが遠目に映った。その人影は、雷が周囲を照らすたびに、徐々にこちらに近づいてくる気がして、次第に鮮明に浮かび上がってきた人影に、私は言葉を失った。
反射で動くように鞄から傘を取り出そうとする。でも今日の天気予報は晴れで、予備のつもりで持ってきたから奥まって取れない。もたつきながら折りたたみ傘を出して差すと、瞬く間に大粒の雨が降り注ぎ始めた。
さっきまで薄ぼんやりと明るかった景色が一気に暗くなる。空はどす黒い雲が覆っていて、遠くからは雷鳴が聞こえてきた。折りたたみ傘には絶え間なく伸し掛かるような雨が降り注ぎ、足元に泥が跳ね隙間から靴を濡らしていく。
どこかで一旦雨宿りをしなきゃいけない。
不安を抱えながら進んでいくと、大きな岩と岩が重なり合って、人ひとり入れるくらいの隙間を作っていた。少しずつ岩場を登り、隙間に入るようにしてしゃがみ込む。靴下はすでに雨水と泥をたっぷりと吸っていて酷く重たい。いつの間にか遠くから聞こえていた雷鳴は大きく目の前に轟くようなものに変わって、目の前が激しく光るほどに近くなっていた。
このままだと、絶対山になんて登れない。山登りは中止になったかもしれない。早く下山をなんて話に、なっているかもしれない。
鞄からスマホを取り出して、画面のロックを解除する。電話を。電話をしなきゃいけない。今日の山登りのしおりには、緊急時の電話番号が書いてある。そこに電話をして、助けを求めるべきだ。そう思っても電話のアプリに指が向いていかない。
学校に、連絡を入れればいい。
でも電話を出来る気がしない。
間違いなく助けを呼ばなきゃいけない状態なのに、ボタンを押す気になれない。どうせわかってもらえない、無駄だ。通話はまだ始まっていないのに、繰り返し聞き返されるような声が聞こえてきて中学の出来事を思い出す。
安堂先生にバレて、また中学の時みたいになるんじゃないか。ただでさえ清水照道に馬鹿にされて玩具にされている今、安堂先生が私のことをクラスの連中に言ったら、また中学と同じ目に遭うんじゃないか。
せっかく、せっかく外に出られるようになったのに。学校に通えて、お母さんにもお父さんにも迷惑かけずに済んでいるのに。
そう考えると、今助けてもらうより、いっそこのまま雨が止むのを待って、自力で降りていくほうがよっぽどいいことのように思えた。それに、私がいないことなんて誰も気づかないかもしれない。点呼の時、私がいないことに安堂先生が気付いても、きっと河野由夏たちに話しかけられたらすぐに忘れる。大丈夫、電話なんてかけなくていい。
身を千々込めるようにして膝を抱え、ぎゅっと手のひらを握りしめる。
どうして、電話が出来ないんだろう。みんな、みんな普通にしているのに。そう考えると無性に死にたくなった。お母さんも、お父さんも普通にしてる。皆してる。なのに私だけができない。死にたい。もうこのまま、消えたい。助けなんて来なくていいからみんな私のこと忘れてほしい。
ぐっと喉が詰まっていくのを感じながら顔を伏せる。すると雨音と雷鳴の隙間を縫うようにして、人間の叫ぶような声が聞こえてきた。
私のほかにも、遭難してる人がいるのかもしれない。
顔を上げて周りを見ると、暗がりの中で雨が降りしきるばかりで景色は分からない。ただ時折大きく鳴り響く雷鳴とともに、ぱっと周りに光が照らされ、人影のようなものが遠目に映った。その人影は、雷が周囲を照らすたびに、徐々にこちらに近づいてくる気がして、次第に鮮明に浮かび上がってきた人影に、私は言葉を失った。