清水照道は、首をかしげる。なんでこいつに答えなきゃいけないんだ。口をつぐむと、奴は私をつま先から頭の先まで見定め始めた。あれこれ私のことを不躾に見て、やがて温度のない声を発した。

「……萌歌ちゃん、傘どこ?」

「……知らん」

 そんなこと、私が知りたい。というかこいつが何かしたんじゃないだろうな。清水照道は「誰かにやられたとか覚えある?」と、またいつかの時のような無表情で問いかけてきて、私は黙って首を横に振る。

「じゃあ今日は俺が入れてってやるよ、傘。相合傘ってやつ」

 奴は昇降口に出て、ばさりと傘を差した。スイッチ式の傘はしぶきを前に飛ばしながら開き、あっという間に広がる。

「い、いらない。や、やーむまで、ま、ま、待つ……」

 こいつに関わると、ろくなことがない。きっと今日相合傘をしただの言って、ネタにするつもりだろう。そうはさせない。一歩後ずさるようにして校舎の中に入る。清水照道は「分かった」と言って傘を閉じた。訳も分からず奴を見ると「萌歌ちゃん置いて帰るわけには行かないじゃん?」などと宣い、へらへらした顔で私の隣に立つ。

「わ、わ……、私に、か、構うな」

「やだ」

 奴は動じることなく「俺はずっと萌歌とここで雨宿りしててもいいし」と笑う。

 駄目だ、このままここで待っていても、奴の思い通りになってしまう。前を見ると、雨は絶えず降り注いでいて、始めに見た時と勢いは変わっていない。でも、このままだと、奴の思い通りだ。

「あっ萌歌っ」

 思い切って、雨の中へと駆けていく。いつかの日、泥を被せられた時よりはましだと考えながら駆けると、前髪にぼたぼたと滴が垂れてきた。もう夏だというのに、雨に当たったところが冷えていく。しかしそれは、一瞬にして遮られた

「ほら、出てっちゃったら濡れるって」

 思わず立ち止まると、清水照道が私に向かって傘を差していた。いっそのこと、突き飛ばしてしまえばと考えながら奴を見て、私は絶句した。

 奴は、まるで私を濡らすまいとするように、すっぽりと私を傘の中に入れている。けれど自分はスペースを空けるように傘の範囲から出ていた。降りしきる豪雨のせいでずぶ濡れになり、まったく傘に守られていない左肩にはシャツが張り付いている。髪の毛だって水滴が滴っている。なのに私のほうは、一切水なんてかかっていなくて、それなのに、奴は自分が濡れるのなんてまるで気にしないようにしてへらへらと笑っている。

「……や、やめろ!」

「だってこうでもしないと萌歌ちゃんびしょ濡れになっちゃうじゃん? ちゃんと傘の中入ってないと風邪引いちゃうよ? ほら歩こ、駅まで着く頃には、マシだろうし。傘だって買えるでしょ?」

「で、で、でで、出る」

「ほーら、いい子にしてて。家までついて行ったりはしないから」

 清水照道は、傘を持ち替え、濡れていないほうの腕で私の肩を抱き寄せる。押しのけようとして、そこまで奴の手に力が入っていないことに気付いた。壊れ物を扱うみたいに、支えられている。顔を上げると、奴は胡散臭く笑ったままだ。

「風邪ひいちゃったら、山登り休まなきゃじゃん。それにしても楽しみだよな〜山の景色見て〜カレー食べて〜、萌歌一緒に登ろうな?」

「い、い、嫌だ」

「何でだよー。疲れたらおんぶしてやるよ?」

「むー、りだ」

「いやいけるって、萌歌軽いし、俺結構力あるほうだかんね?」

 なるべく、清水照道と離れながら、早歩きをする。それなのに飄々とついてきて、当たり前のように私を傘の中に入れ続けている。さっきから、私は雨に当たることは一切ない。けれど、奴はひたすら私と反対方向の肩を濡らし続けている。

 何なんだこいつ。そこまで笑いに、ネタに生きているのか。

 睨みつけると、清水照道は私を見返すようにして笑う。

「か、か、風邪引いても、しー、知らないからな」

「ええ、心配してくれんの萌歌ちゃん。やっさしい〜」

 馬鹿にした声に、ため息を吐く。避けようとすると、肩に回された手に力が籠った。その力はほんの少しの柔らかなもので、苛立ちのような感情を覚えながら、私は清水照道の隣を歩いていた。