水着の上に薄いパーカーをはおったアリスが目の前に佇んでいた。
「アリス……」
 じり、っと一歩踏み出す。
 言いたいことはたくさんあったはずなのにいざ目の前にするとなにも言葉が浮かんでこない。
「アリス、その、この前は」
「来ないでッ」
 アリスが後ずさりした。その顔はまたしても歪んでいる。
「来ないで、いや、近づかないでッ」
 首を振りながら更に後ずさりする。まるで変質者扱いだ。周りが何事かと視線を向けてくる。そちらに気をとられた一瞬にアリスが走り出した。ビーチサンダルを脱ぎ捨てて裸足で駆けていく。
「――待っ」
 追いかける凪人。しかしアリスは立ち止まらない。ぐんぐん加速してコンクリートを蹴り飛ばす。
(なんでなんで、どうして。やっぱりおれは)
 来なければ良かった、こんなふうに拒絶されるのなら。
 そう思う一方でいま後戻りしたら二度と会うことができない気がした。
 裸足が痛むのかアリスのペースが落ちてくる。ようやく追いついた凪人が腕を掴もうとすると凄まじい勢いで頬を叩かれた。
「触らないでよ、触らないで、やだぁ……」
 カタカタと肩を震わせながら苦しそうにうずくまってしまう。
「私……汚れちゃった、あんな男に、手、握られて、肩抱かれて、キス――されそうになって、私……まっくろに、なっちゃった」
「そんなことない。アリスはきれいだ」
「汚いの!」
「おれアリスに会いに来たんだ、謝りたかった。だから顔見せてくれよ」
 しゃがんで顔を覗き込もうとすると再び立ち上がって走りだす。アリスは逃げることに必死で回りが見えていない。
 行く手の遮断機が鳴り出した。
 しかしアリスは躊躇なく線路内に踏み入れる。
「ダメだ行くな、行くなアリス」
 警報が鳴り響く。
 赤い目玉が点滅する。
 アリスの後ろ姿が霞む。

 凪人は――……。
 息を吸う。肺が破裂しそうなほど。