『鳩田さん、犯人はあなただ!』

 とある屋敷の中。探偵を名乗る少年に指先を突きつけられた鳩田はうろたえた。腕を掻きむしりながら叫ぶ。
『ど、どこにそんな証拠があるんだ? 部屋は密室だったんだぞ』
『フフ、たしかに部屋の扉は自動ロック。窓にも内鍵がかけられ密室状態でした。ただし自由に出入りできる扉がひとつだけあったんです。そう、キャットドア……通称ペットドアがね』
 かたん、と音がしてペットドアが開いた。中に入ってきたのは一匹の黒猫である。驚愕する一同を見て「にゃあん」と可愛らしく尻尾を揺らす。

 ※

「また観てるのかよ、もう何千回目だよ」
 呆れ顔で洗面所から現れたのは高校一年の凪人(なぎと)だ。リビングでずびずびと鼻をかんでいた母の桃子は悪びれた様子なく肩をすくめる。
「だってぇ何度観てもいいんだもの。この良さが分からないなんて」
「どーでもいい。今週は週番だからもう行くよ」
 慌ただしく制服の上着をはおって玄関に向かうと母が見送りに出てきた。スニーカーを履く息子の背中に声をかけてくる。
「高校生活は大丈夫なの? いじめられてない?」
「苔みたいに目立たず地味に過ごしているから大丈夫だよ」
「例の症状は?」
「だいぶ良くなっている。成長に従って落ち着くって先生も言ってたし……よしっと」
 立ち上がってスニーカーをなじませる。いい感じだ。
「とにかく無理はしないようにね。マズイと思ったら周囲に助けを求めること」
「大丈夫だって。母さんこそ店の準備はいいのかよ?」
 母は自宅の一部を改装してカフェを営んでいる。『黒猫カフェ』と名付けられた小さな店だ。母はふっくらした頬を上げて微笑む。
「いいのよ、お客さんもほとんど来ないんだし」
 経営者としての危機感がまるっきり抜けている母だが、わずかながら利益を出して営業できているのだから大したものだ。
「んじゃ行ってきまー……」
 玄関扉を開け放ったときリビングから録画の音声が聞こえてきた。

『黒猫探偵レイジ、はじまるにゃ!』

 痛みをこらえるように唇を噛み、凪人は足早に家を飛び出した。

 『黒猫探偵レイジ』は人間の言葉を話す不思議な黒猫・まっくろ太を拾った小学三年生のレイジが数々の難事件を解決しながら種族の違いを超えて絆を深めていくドラマ番組である。
 子ども向けのチャンネルで毎日十五分放送されていたところ人気に火がついた。当時流行した黒い猫耳カチューシャにゴシックスタイルをまとった黒猫ファッションもこの作品の影響を物語る。
 映画の制作も決定し、ゆくゆくは日本を代表する作品となるところだったが――六年前、人気絶頂の中で突如放送が終了。主役の小山内レイジは芸能界から姿を消した。