るなの件は、翌日には英美里どころか清正の耳にも入った。

「茉莉江先輩、どうしたらいいですか?」

 薫からのLINEを示しながら、

「心のケアが要るような気がするんだけど…」

「…せやな」

 清正は手元のメモ用紙に、さらさらと漢字を書いた。

  明月かえらず、碧海に沈み
  白雲の色は愁い、蒼悟に満つ

「…これは?」

「大切な人を亡くしたときに詠まれた漢詩なんやけどな」

 清正はポツポツと語り始めた。

「ワイにも似たような体験があるから分かるんやけど」

 まだ高校生であった頃らしいが、

「そいつ、ミュージカルの役者になる言うてアメリカ行きよってんけど」

 そのときは、あの九・一一事件であった。

「それでずっと引きずってたんやけど、それを何とかしてくれたんが前の嫁やってん」

「…うん」

 何かの集まりで清正の親戚から、茉莉江は何となくは聞いてはいたらしい。

「人間、引きずるときは引きずるもんやで」

 清正の淡々とした物言いが、はからずも本音をにじみ出させていた。