Girls be ambitious! SEASON2


 合宿も終盤に差し掛かった頃、夏フェスのフォーメーションがおおかた決まった。

「今回は薫がいない分、私たちが薫の分まで良いパフォーマンスをして、早く薫に戻って来てもらえるようにしよう」

 るなの提案で、メンバー全員で薫の激励会を開くこととなった。

 一年生メンバーで手宮のホームセンターで飲料やお菓子などを買い出しし、合宿施設へ帰ってくると準備を始めた。

 薫は少しは元気を取り戻してはいたものの、

「こんなタイミングで靭帯だもんなぁ…」

 包帯の巻かれた右足を、半ば恨めしそうにじっと見つめたりもしていた。

 そこへ。

「陣中お見舞いだよー」

 やってきたのは、夏休みで北海道へ帰って来ていた優海である。

 医学部に入っていた優海はひと目見るなり、

「…薫、もしかして靭帯?」

 薫はうなずいた。

「藤子ちゃんのときは捻挫だったけど、あれであんまりダンスできなくなったんだよなぁ…」

 優海は藤子の捻挫の話をした。

「だけど最後は全国大会で優勝できたし、やっぱり諦めたらダメなんだよね、人生ってさ」

 しかし。

 優海は頑張れとは言わない。


 優海は藤子から聞いた話をした。

「頑張るって、本来は年甲斐もなく無理な力を出すって意味なんだって」

 だから私は頑張らない、と優海は笑った。

「それからはね私、激励するときには無理しないでねって言うようにしてる。無理さえしなければ、少なくとも大怪我はしないかなって」

 優海はだりあが持って来た麦茶を飲んだ。

「あとはね、変に焦って我慢して練習しないこと。これは一応、医学部にいる立場だから言っとくね」

「…ありがとうございます」

 うちの部って、変わってるでしょ──優海は笑った。

「普通ならこんなときに離脱して、とか言われそうなもんじゃん」

「はい」

「でもね、うちの部は澪先輩の頃からそうなんだけど、基本は楽しむことな訳ね。私は最初それは違うって思っていたんだけど、自分自身が楽しく笑顔でいられないのに、見てくれる人が楽しくなかったら話にならないよねって」

 これはそうだと思った、と優海は悟りを明かした。

「だから、プロ並みにキレッキレのバッキバキに踊れるのも大切なんだけど、無理をして怪我なんかしたら、それこそ元も子もないよね」

 だから私はプロに向いてないって分かって、進路を変えたんだ…と、優海は今まで誰にも明かしてなかった話をした。

 それまであまり付き合いのなかった先輩の一人である優海が、このとき薫には身近に感じられたようで、

「プロに向いてないって…いつわかったんですか?」

 と訊いてみた。

「私の場合は同期にすみれと雪穂がいて、すみれは読モから事務所行ったりしてすでにプロだったから格が違うのはわかっていたけど、いちばん衝撃だったのは雪穂が撮影のとき、私は女優ですって思い込めば簡単ですって言われたときかな」

 リラ祭のポスター撮りのときのことである。

「私にはあの発想はなかった。だから、これは次元が違うんだって思った」

 薫は真剣な眼差しで優海を見た。

「それで、これは卒業したら何か身に着けないとダメだってときに、たまたま先生が片方失明して、医療ってスゴくカッコいいなって」

 優海は薫の頭をポンポンと軽くなでた。


 優海は薫を諭すように、

「だからね、もし薫ちゃんがダンスに不安を感じたら、違うものを身につければいい。一つのことに人生を賭けるのもスゴイことだけど、見切りをつけて違う道へ踏み出すのも悪いことではないから、そういう考えがあると違うと思うなぁ」

 そういうと、

「激励会なんて開いてもらえてうらやましいな。確か藤子ちゃんの捻挫のときはなかったハズだから」

 と優海は麦茶の残りを飲み干して、さり気なく椅子を立った。

 そのあとの激励会にも優海が顔を出して、澪やののか、藤子がいた時代のアイドル部の話題をしたりして、その日は離れた。

 夏フェスの朝。

 小樽の合宿施設から直行で、石狩の会場まで全員で移動すると、早速スタンバイを始めた。

「まさかのトップスタートだし」

 十五時スタートの、まさかの一番最初でオープニングのパフォーマンスとなる。

 開場は十時。

 その前から音合わせをしたり、衣装のチェックやらフォーメーションを確認したり…と、出場メンバーはてんやわんやである。

 薫は、まだリハビリが終わっていない。

 テーピングした右足に負荷をかけない程度に、茉莉江や長谷川マネージャーとともにタイムスケジュールを点検したり、手続きの確認をしたりしていた。

「薫ちゃん、チャンスはまだあるから大丈夫だよ」

 みな穂が薫を気にしていたらしく、ときどきリハーサルの隙間を縫ってやって来る。

 あまりに頻繁に来るので、

「部長、ステージ戻って下さい。逆にこっちが心配になってきます」

 薫にたしなめられると、みな穂は後ろ髪を引かれるような顔でステージに戻って行った。

 清正は午後から合流予定である。

「現役スクールアイドル、ついに降臨」

 というのもあって、通常なら割と空いているはずが、なぜか混んでいるのだという。

 昼近くなって清正が入構証を提げてあらわれた。

「入ってくるとき、何でか知らんがサイン色紙書く羽目なったわ」

 この頃になるとプロデューサーのようなポジションの清正は、

 ──お屋形さま。

 とコアなファンの間ではそう呼ばれていた。

「今回はレアキャラのお屋形さまが来る」

 というので、ちょっとした話題となっていたらしいのだが、当の清正は知らなかった。

 ただの学校の先生やで、と清正はボヤいたが、

「でも澪の時代から数えたら、四年ぐらい顧問やってますよね」

 美波に言わせると、大事なサブキャラらしい。

「だいたいスクールアイドルって言ったらプロデューサーは架空とか、あとはゲームプレーヤーですけど、うちのは実在してるんだぁ…みたいなもんですからね」

「ワイは初音ミクか」

 清正のツッコミにメンバーは少しほぐれたようであった。

「うちら薫ちゃんの分まで、はっちゃけて来るから」

 英美里に珍しく函館弁が出た。

 薫はそれだけで、なにやら嬉しくなっていた。

 部長のみな穂を中心に円陣が組まれると、

「アイドル部、いくぞーっ!!」

「オーッ!!」

 全員で声出しをした。

「アイドル部のみなさん、本番でーす!」

 スタッフに促され、駆け足で舞台袖へ移動した。


 持ち時間は一時間である。

 一曲目に選んだのは大ヒットした『もふもふ。』で、

「みんな、盛り上がってるかーっ!!」

 リードボーカルのるなのアオリでさらに盛り上がる。

 続いて新曲『恋フェス!』『サマードライブ』と来てMCタイムに突入。

「薫、ちょっと」

 みな穂が薫をステージのセンターへ招いた。

 薫があらわれると、清正が例のポロシャツの額を運び入れた。

「今回薫ちゃんは足のケガでパフォーマンスは参加出来ないんですけど、どうしてもステージには立たせてあげたかったので呼びました!」

 みな穂らしい心配りである。

 薫のポロシャツの額を目立つ場所へ移すと、

「それじゃあ後半、行ってみよーっ!!」

 次はひまりがメインのステージで、しっとり聴かせる新譜『ナツノオワリ』からスタート。

 立て続けに『あの日の夢に辿り着いたか?』『ドリームキャッチャー』『逃げろ仔猫ちゃん』『出せない手紙』ときて、最後は『私達のエール』。

 アンコールは藤子(とうこ)原作のアニメのテーマ曲になっていた新曲『MOON』で締めくくって、ライブは無事に終了した。

 無事に終わりを見届けると清正は、

「いやー終わるまでが長かったけど、終わってみたらあっちゅう間やな」

 内心ホッとしたようであった。


 夏休みが明け、二学期が始まった。

 来月の体育祭と、二年生の修学旅行が終わると、みな穂の部長としての任期は終わる。

「…長かったなぁ」

 何しろ一年の秋から、約二年間を部長として活動してきたのである。

「ほぼ翠に振り回されっ放しだったけど、よくやったんじゃないかなぁ」

 人をあまり褒めない美波が、珍しくみな穂を褒めた。

 例の記者会見でみな穂はすっかり全国区の人気となり、複数の芸能事務所からのオファーが来ている。

 しかし。

「私は出来れば、学者になりたいんだよね…」

 しかも東大や早稲田ではなく「万葉集を勉強したいから二松学舍とか國學院とかがいい」とみな穂は言った。

 理由は、

「だって昔から人間は本質が変わらないから」

 と、これまたみな穂は独特である。

 八月の末には薫も靭帯の怪我から復帰し、

「これでいつもの部に戻ったね」

 ダンスの練習でいつも一緒のさくらが言った。

 さくらは帯広にいた小中学校ともにダンス部で、全国大会では準優勝の実績もある。

 因みにこのとき。

 広島代表のチームの一員として出ていたのが優子で、

「あの子が来たけぇ、アイドル部は安泰じゃね」

 などと優子が言うと、それが部内で噂になったほどであった。

 前から、さくらのことは話題になっていたらしい。


 九月の体育祭、アイドル部はサポートに回る。

 今年初めて作られたポスターには、油彩の経験があるだりあの絵が使われた。

 このサポートの担当は、アイドル部からするとイベントの裏方を知るには好機であったらしく、

「こうやって椅子運んだり配線運んだりしてると、スタッフさんって大変だよね」

 未経験の薫なんぞは言うのだが、

「まるで同人誌の販売の準備しよるみたいじゃ」

 アニメ好きでよく同人誌販売をする優子は慣れたもので、テキパキとテントの中の机を組み上げるのだが、それがあまりに早いので「優子棟梁」と英美里が名付けた。

「ああいう子が、うちの部は人気出たりするから分からないんだよね…」

 ひまりはそこが不思議でならなかったらしかった。