萌々香は歌唱力が意外に高かった。

 体験レッスンのボイトレで試しに家入レオを歌わせてみたら上手だったので、

「萌々香ちゃん、ボーカルやってみる?」

「はい」

 素直な性格の萌々香は、先輩の言うことを真剣に聞く。

「前から萌々香はアイドル部向きだって思ってた」

 クラスメイトでもある菜穂子が言った。

「でも物凄く大人しいし、とんでもなく人見知りだし…大丈夫かなって」

 入学して半年は過ぎたのに、まだ萌々香と話したことがないクラスメイトすらいるのである。

「うちも北海道来て半年ぐらいクラスじゃ喋らんかった」

「それは単に広島弁だと、話しかけづらかっただけなんじゃない?」

 ツッコミの早いだりあが言った。

 さらに萌々香には、刺繍という才能があった。

 暇さえあればずっとチクチク縫っていて、普通のカーディガンに苺柄の刺繍を入れ、何と背中まで苺柄にしてある。

「だって背中に柄がないと寂しいから」

 と萌々香はいう。

 部室のミシンで衣装を直すのはお手の物で、過去の衣装でサイズが合わないものをリメイクしたり、ときにはシャツを何枚か片身変わりに縫い合わせ、不思議な衣装にしてみせたりする。

 歴代受け継がれているイメージカラーも、

「どの素材の生地も安いから、チョコレート色にします」

 と萌々香は、誰も選んでいなかったチョコレート色を選んだ。

 確かに。

 イメージカラーがチョコレート色のアイドルなんて存在は、見たことも聞いたこともない。

 ところがチョコレートカラーのワンピースに白で刺繍を入れたりするだけで、まるでシックなアンティーク調の人形のようになる。

「うちも刺繍習おうかなぁ」

 優子が思わず口に出すほどであった。