こじらせ女子の恋愛事情

だけど、宗田くんだけは違った。
入社のときからずっと変わらない態度で接してくれてる。

「俺にしろよ。」

力強く言う宗田くん。
すごく優しくてすぐにでも手を伸ばしたくなったけど、そんな甘えはダメだと思った。

「今は考えられないの。」

そう言った私を責めることもなく、受け入れてくれた。

そんな優しさに、結局私は甘えてしまっている現実。

宗田くんの寝顔を見ながら過去のことを思い出して、私は思わずため息をついた。

今日だって、こんなに酔い潰れたのは私にも責任はあるわけだし。
放って帰るには無責任な気がする。
何より鍵の問題がある。

終電までにはまだまだ時間がある。
もう少しだけ寝かせてあげて、終電前までに叩き起こして帰ろう。

勝手にソファを拝借してスマホを取り出す。
別に何かをしたいわけじゃないけど、一人で時間を潰すにはスマホはありがたい。

私は終電の時間だけ調べて、後は適当にネットサーフィンに勤しんだ。

早く起きてよ、宗田くん。
心地よい眠りというのは何時間寝ていても起きたときには一瞬の出来事だ。
ただ、頭は妙にすっきりしている。

そう、たった今そんな状態に陥っている私がいる。

「おはよ。」

ソファに転がる私の頭を撫でながら、宗田くんがにこやかに言った。

「…おはよう…ございます?」

あれ?
ちょっと待って。
これは一体どういう状況なの?

落ち着け、落ち着け自分。
えーっと、酔い潰れた宗田くんを送ってきて、寝ちゃって起きないから鍵を閉めることができなくて。
だから終電前までに叩き起こそうと思ってて。

で、今ここ?

今何時?

恐る恐る腕時計を見ると、6時を少し過ぎたところだった。

「嘘っ!」

ガバッと起き上がると、宗田くんが驚いた顔をしている。
いやいや、驚いてるのは私なんですよ。

だって、まさか寝ちゃうなんて。
そんなバカな。

「私、寝ちゃってた…。」
「起きたら仁科がいるから、嬉しくなって寝顔見てた。」

朝っぱらから恥ずかしい台詞を降り注いでくる。

「か、帰るね。」

手ぐしで髪を整えて立ち上がったところを、ぐっと腕を引かれて引き留められた。
「ごめん、家まで送ってもらっちゃって。玄関に入ったとこまでは記憶があるんだけど、そこからさっぱり覚えてないんだ。俺、変なことしなかった?」
「変なことって、別に…。」

言ってから、形はどうであれ抱きつかれたことを思い出して急に恥ずかしくなる。

「宗田くん全然起きないから、放って帰れなくて。だって鍵とか開けっ放しはよくないし。その、寝てしまったのはごめんなさい。」

まっすぐ目が見れなくて、伏し目がちになってしまう。

「仁科が謝ることじゃないだろ?ほんと、仁科は優しいね。」

呆れたように笑う彼は、もう酔っぱらいの宗田くんじゃなくて、いつもの宗田くんだ。

「優しいのは宗田くんでしょ。私の代わりにビール飲んでくれたし。そのせいで酔わせちゃって申し訳ないな、と。」
「結果的に酔い潰れて迷惑かけてちゃ、俺カッコ悪いな。」

何だか可笑しくなって、二人で笑いあった。

いつも優しい宗田くん。
私はあなたの気持ちに応えることができるのだろうか。
「おはようございまーす。」

間延びした声がカウンター越しに響く。

「はぁい。おはようございまぁす。」

更にゆるりとした口調で可憐ちゃんが受け答えをする。
カウンターには依頼票を持った宗田くんが爽やかに立っていた。

「依頼票、お預かりしますね。」

依頼票を持って奥へ行こうとする可憐ちゃんの背中越しに、宗田くんが声をかける。

「よろしく。あのさ早川さん。お花見のときのピザの代金、誰が払ったか知らない?」
「えっ?知らないです。真知さん知ってます。」

少し奥まったところで作業をしている私へ、可憐ちゃんが尋ねてきた。

「…私が払ったよ。」

手を止めて宗田くんのいるカウンターへ行くと、宗田くんの眉間にシワがよっていた。

「仁科、そういうことはちゃんと請求しろよ。」
「だって幹事誰だか知らないし。」

「そりゃ悪かった。で、いくらだった?」
「覚えてないよ。レシートカバンの中だし。ロッカーだし。」

口を尖らせる私に宗田くんはため息をつき、可憐ちゃんから図面を受けとると捨て台詞を吐くかのように言った。

「定時後、迎えに来るから。残業するなよ。」

パタンと扉がしまる。

ちょっと。
私、返事してませんけどー。
強引すぎやしませんか?
定時のチャイムが鳴りゆるゆると片付けをしていると、おもむろに図管の扉が開く。
本当に、迎えに来たよ、宗田くん。

「宗田くん、早いよ。」
「逃げられたら困るなと思って。」

逃げないよ。
ピザの代金もらうんだから。
私が苦笑いをしていると、もう一人テンション高めの彼が顔を出す。

「お疲れ~!可憐ちゃんも定時?たまには飲みに行こうよ。」

小田くんだ。
可憐ちゃん狙いの彼のことだ、宗田くんにくっついてきて飲みに誘う口実を狙っていたに違いない。

可憐ちゃんはキョトンとして、

「え~?真知さん行くなら行きます。」

と言った。
可憐ちゃん、そういう答え方はずるいよ。
断るならちゃんと断らないと。

「私は行か…。」
「もちろん、仁科も行くって。宗田も。なっ!」

断ろうとしたのに、小田くんの必死の目の訴えに私も宗田くんも「まあ、付き合ってやるか」的な気分になり、苦笑しながら頷いた。

付き合ってあげるんだから、小田くんにはちょっと多めに支払ってもらおう。
うん、そうしよう。
駅近くのコジャレた居酒屋に入る。
平日の早めの時間だったので予約なしでも個室に案内された。

とりあえずビールで乾杯し、もちろん私はウーロン茶だけど、気の置けない人との飲み会は安心する。

「皆さん同期なんですか?」
「そうだよ。」

可憐ちゃんの問いに、小田くんが身を乗り出すようにして答える。

「素敵ですねぇ。私、同期と仲良くないですもん。」

可憐ちゃんがうっとりして言うと、小田くんが親指で宗田くんを指しながら言う。

「こいつが仁科のこと気にしてるから自然と仲良くなった感じ。」

それに対し、宗田くんはひきつった笑みを浮かべた。
小田くんったら、何を言い出すんだ。
誤解されるような言い方はやめてほしい。

「わかります!私も真知さん気になりますもん。」

可憐ちゃんが大きく頷いて私を見た。
キラキラした純な瞳が眩しい。

「真知さん素敵ですよね。」
「…は?」

突然の褒め言葉に、ポカンとしてしまう。

「いやいやいや、可憐ちゃんの方が素敵でしょ。可愛いし女子力高いし人当たりも良いし、大人気じゃない。」
「何言ってるんですか。真知さん美人だし優しいし気が利くし。大尊敬ですよ。」

私と可憐ちゃんが褒め合いをしていると、小田くんがボソリと言う。

「何か、女の褒め合いって裏がありそうで怖くね?」

小田くん、マジ失礼だし。
ドン引きだし。

私がどつく前に、宗田くんが小田くんの頭を叩いた。
悶える小田くんを無視して、可憐ちゃんが力説する。

「私、入社してすぐ真知さんの下についたんですけど、真知さんって本当に優しくて頼りになるんです。それに、私のことも嫌がらずに接してくれるし。私こんなだから、ぶりっ子とか今まで散々言われてきて。でも真知さん私のことありのまま受け入れてくれるので、嫌な思いしたことありません。とっても感謝してます。」

可憐ちゃんは本当に可愛くて、絵に描いたような女子の仕草や動きをするのだけど、それをよく思わない女性がいるのも確かだ。
そんなのはただの僻みじゃないかと私は思うんだけど、そうじゃない人も世の中にはいる。

可憐ちゃんは受け入れてくれるとか言うけど、むしろ私は可憐ちゃんの可愛さを見習いたいくらいだと思っている。
私にもそんな女の子らしさがほしい。
ふんわり笑顔が作れるなんて素晴らしいじゃないか。

可憐ちゃんの話をじっと聞いていた宗田くんは、ビールを一気にあおると力強く言った。

「わかる。仁科はそういうやつなんだよな。だから俺は仁科が好きだ。」
「私もです。」

意気投合する二人に、私と小田くんは置いてきぼりだ。

さらりと言われた「好き」という言葉に胸がドキリとしたけど、そこは触れないでおいた。
その後はたわいもない話でひとしきり盛り上がって、お開きとなった。
可憐ちゃんと二人で帰りたい小田くんは、私たちに「消えろ」とばかりに目で合図する。

なんとなく希望は薄そうに思えるのだが、可憐ちゃんには申し訳ないけど、少しは小田くんに協力してあげようかと早々に別れた。
お会計多めに出してくれたしね。

帰り方面が同じの私と宗田くんは、人がまばらの電車に揺られながら外を見ていた。
窓ガラスに反射して映る私を見ながら、宗田くんが口を開く。

「この前は悪かった。今日は飲み過ぎてないよ。」
「わかってるよ。この前だって、私を庇ってくれたからでしょ。」

飲み過ぎて潰れてしまったあの日のことを思い出して、私は笑った。
そうだ、いつも言いそびれてしまう。
今日はちゃんと言おう。

「いつもありがとう。」

ちゃんと、宗田くんを見て言った。
窓ガラスの私を見ていた宗田くんが、こちらを見る。
視線がぶつかると、何ともいえない空気感が漂った。

「仁科、好きだよ。」

そのまま視線が絡まった状態で、熱っぽく言われる。
ぐっと息を飲むのをきっかけに、心臓が痛いほど脈打つのがわかる。
それに伴って、顔に血液が集まってきて熱くなってしまう。

やばい、今顔真っ赤だ。
そんな私にお構いなしに、宗田くんは続けて言葉を浴びせてくる。

「そろそろ俺のになりなよ。」

俺の、とか。
強引な物言いなのに、ドキリとする。

だけど私の気持ちは迷う。
頷いてしまったら、楽になるんだろうか。
それはただの甘えなんだろうか。
本当に私は宗田くんのことを心から好きだと言えるんだろうか。

だって私は一度不倫した身。
そんな私を好きでいてくれるとか、嘘でしょ?

私の気持ちを知ってか知らずか、宗田くんはさらりと言う。

「俺はずっと好きだけど?仁科の返事をずっと待ってるんだよね。だけどもう待つことはできない。仁科が可愛いことが皆にバレた。」
「バレたって…。」

疑問を口にすると、おもむろに黒ぶちメガネが外される。

「花見のとき、メガネ取っただろ?」

取ったけど、それは可憐ちゃんが勝手に取っただけであって、不可抗力だ。
それに、メガネを取ったくらいで何かが変わるわけではない。
変わるのは、こそこそ隠れていたい私の気持ちだけだ。