「お待たせしましたー!デリバリーピザです!」
威勢のいい声が響く。
先程注文したピザが届いたのだ。
待ってましたとばかりに歓声が上がった。
お菓子だけじゃ物足りなかったのか、わいわいと皆が群がる。
ほかほか焼きたてのピザの香りが鼻をくすぐった。
「あの、お支払お願いします。」
「へっ、私?」
気付くとピザ屋のお兄さんは私に向かって話しかけている。
私、幹事じゃないんですけど…。
と思ったけど、このわいわい騒いだ状況、声を掛けられるのが私くらいしかいないようだった。
誰だよピザ頼んだやつ。
ていうかそもそも幹事は誰だよ。
心の中で悪態をつきつつ、このどうしようもない状況に、私は渋々お財布を出して支払いをした。
結構な痛手なんだけど、後で返金してもらえるんだろうか。
不安だ。
「仁科、ちゃんと飲んでる?食べてる?」
いつの間にか戻ってきた宗田くんが、私を覗きこんで言う。
一応お菓子をちまちまと食べてましたよ。
しゃべる相手もいないのでね。
「仁科はさ、可愛いんだからもっと笑いなよ?」
宗田くんの言葉に、私は嬉しい気持ちと胸に刺さる気持ちが入り交じって、複雑な気分になった。
私だって笑えるなら笑いたいよ。
可憐ちゃんみたいに愛想よくなりたいし。
黒歴史である過去の恋愛が未だに私の心を蝕んでいて、何だか上手く笑えないんだ。
「そうですよ!真知さん眼鏡取るとめっちゃ可愛いんですよね。私、外したとこ見たことありますもん。黒ぶちメガネで隠しちゃって、もったいないです。」
男性陣に囲まれていた可憐ちゃんが、突然会話に加わってくる。
「そうなんだ。仁科さん、メガネ取ってみてよ。」
可憐ちゃんがこちらの会話に加わったことで、可憐ちゃんの取り巻きたちが一斉にこちらを見て言う。
今まで空気のような存在だった私が、一気に表舞台へ立たされた。
「えっ、嫌です。」
拒否したのに、ほろ酔いの可憐ちゃんにすっとメガネを外される。
「ほら、真知さん。」
「えっ、ちょっ、」
とたんに、恥ずかしさが込み上げてくる。
メガネで素顔を隠していたのに、何てことをしてくれるんだ。
「おー、可愛いじゃん!」
「メガネない方がいいよ。」
社交辞令だとは思うけれど、とりあえず褒められていることは確かで、案外悪い気はしない。
しかも可憐ちゃんは自分のことのように得意気に胸を張っている。
だけど注目されることに耐えきれなくて、すぐさまメガネを奪い返してかけ直した。
まったく、可憐ちゃんったら飲み過ぎだよ。
先輩の私のメガネを許可なく外すとか、どういうこと?
無礼講とかそういうこと?
私だけ素面なので、酔っぱらいのノリについていけない。
酔った可憐ちゃんはまた可愛らしい。
頬をピンクにしてへらへらしてる。
誰に話しかけられても笑顔で相槌をうっている。
酔っても可愛いって、罪だ。
「コップ空いてるじゃん。飲んで飲んで。」
「えっ。ありがとうございま…す。」
私の空いた紙コップに意図とせずビールが注がれる。
宗田くんは断れって言ったけど、断りづらいし何より断る前に注がれるっていう、ね。
そんな私を見かねてか、宗田くんはことあるごとに代わりに飲んでくれた。
本当に申し訳ない。
陽も落ちてきてお開きとなった。
最寄り駅まで可憐ちゃんと宗田くん、小田くんと一緒だ。
公園を出てもあちらこちらに桜が咲いていて、駅までの道すがら夜桜を楽しんだ。
小田くんは相変わらず可憐ちゃん狙いなのか、終始絡みまくっている。
可憐ちゃんも嫌だったら断ればいいのに、調子よく合わせている。
もしかして嫌じゃないのかな?
手持ちぶさたな私は、宗田くんと並んで歩く。
さりげなく宗田くんが車道側に来てくれる。
別に何も言わないけれど、そういう気遣いは心臓に悪い。
守られてる感があって、きゅんとしてしまう。
そんなことを考えてしまう自分が何だか恥ずかしくて、私は桜を見上げながら当たり障りのない会話をする。
「桜綺麗だね。夜桜も素敵。」
「桜も綺麗だけど、仁科も綺麗だよ。」
突然熱っぽい視線を向けられ、私は仰け反るくらい動揺した。
「なっ、えっ、あ、ありがとう。」
「うん。」
私の動揺なんてお構いなしな宗田くんは、おもむろに手を繋いできた。
あったかい大きな手に包まれて、いやいやダメだろ、なんて頭では思っているのに拒めない。
可憐ちゃんと小田くんは私たちの前を歩いているから、気付いていないようだ。
心臓がドキドキと激しく打つけれど、これはときめいてドキドキしているのか、バレないかひやひやしてのドキドキなのか、判断がつかなかった。
結局駅まで手を繋いで歩いた。
駅に着くと宗田くんは何事もなかったかのようにぱっと手をはなす。
同時に、私は大きく息を吐いた。
「じゃあ、私はこっちなので。」
可憐ちゃんが言う。
可憐ちゃんとは帰る方向が逆だ。
「うん、気を付けてね。」
「あ、俺も同じ方向。可憐ちゃん送るよ。」
小田くんがぱあっと嬉しさ全開の笑顔で言う。
ていうか、いつの間に名前呼びになったんだ。
「俺と仁科はこっちだから。じゃあまたな。」
宗田くんが私を引っ張るように改札へ入れる。
手を振る可憐ちゃんに後ろ髪引かれつつ、宗田くんの後へ続いた。
「仁科、送るよ。」
ホームで電車を待ちつつ、宗田くんが言う。
宗田くんと私の家は一駅違う。
ここからだと私の方が一駅遠いことになる。
「大丈夫だよ。一人で帰れる。どっちかっていうと宗田くんの方が心配よ。一人で帰れる?」
お酒、結構飲んでたと思うけど。
覗き込むように伺うと、へらっとした笑いが返ってきた。
「仁科と一緒にいたい。」
先程の夜桜を見ながら熱っぽい視線を向けられたことを思い出して、顔が熱くなってくるのがわかる。
ちょうど電車が入ってきて、特に返事もしないまま私たちは電車に乗り込んだ。
車内はほどよく混んでいて、私たちは扉の近くに立った。
混んでいるからこそ、宗田くんとの距離が近い。
先程のあれやこれやが頭の中を勝手にリピートするので、変に緊張してしまう。
綺麗だよ。
一緒にいたい。
そんなことを言われたら、宗田くんはまだ私のことを好きなんじゃないかって勘違いしてしまいそう。
「仁科…」
ふいに宗田くんが私の耳元に口を寄せるように名前を呼ぶ。
近い!
近いよ、宗田くん!
電車内で何をしようというの!
緊張が高まり急に心臓がドクンと大きく跳ね上がる。
混んでいる車内では距離を取ることは不可能だ。
次に宗田くんから出た言葉に、私は耳を疑った。
「気持ち悪い。」
「…は?」
宗田くんの顔を見ると青白くなっている。
私は慌てて窓から外を見た。
と同時に、まもなく駅に着くというアナウンスが流れる。
「ちょっと待って!駅もうすぐだから。あ、ほら、着くから。ほら、降りよう。」
宗田くんの腕を引っ張るようにして電車を降りる。
さっきまでの緊張が一気に吹き飛び、そんなことよりもこの人がちゃんと家まで帰れるのか心配になってきた。
何なの、もう。
「トイレ行ってきなよ。」
「…うん。」
ホームに設置されたベンチに項垂れるように座る彼に、私は声をかける。
小さく返事をするけど、立ち上がる気配はない。
気持ち悪くなるほど飲むって何なの。
これだから酔っぱらいは困るのよ。
動かない宗田くんを置きっぱなしにして、私はブツブツ悪態を付きながら自販機でミネラルウォーターを購入した。
ピザといいミネラルウォーターといい、今日は出費が多い。
ペットボトルのキャップを開けて、ミネラルウォーターを宗田くんへ手渡す。
「ほら、宗田くん。お水買ってきたから飲みなよ。」
「ありがとう。」
素直に受け取ってゴクリと飲む。
その喉仏の動きにドキリとしてしまった私は、たぶん宗田くんの酔いがうつったのだろう。
こんな酔いつぶれて迷惑極まりないのに、何故だかドキドキするなんて、どうかしてる。
「帰れる?」
「大丈夫だよ。」
こんなに不安になる「大丈夫」という言葉は初めてだ。
宗田くんはフラリと立ち上がったかと思うと、一歩踏み出す。
全然まっすぐ歩ける気がしなくて、私は思わず手を出した。
「家どこ?送るよ。」
ちょうど宗田くんちの最寄り駅はこの駅だ。
駅は知っていても家は知らない。
「悪い、仁科。」
宗田くんは力なく笑った。
ほんとだよ。
飲み過ぎるとか、マジで反省してほしい。
宗田くんと何回か飲みに行ったことあるけど、ここまで酔っているのは初めて見た。
どれだけ飲んだんだ。
宗田くんの今日の姿を思い出してみる。
あ。
そういえば断れない私の代わりにビール飲んでくれてたんだっけ。
もしかしてそのせいで?
そう思うと、とたんに罪悪感が込み上げてきた。
「宗田くん…のバカ。」
「仁科、好きだよ。」
私の呟きに、とんでもない言葉で返答する。
ていうか、今そんなこと言うか?
ほんとにバカなのかもしれない。
治まっていた鼓動が、またドキドキと波打った。
もう、ほんとに、この状況。
私はどうしたらいいんだろう。
駅から程よく近い綺麗なマンションの一階が宗田くんの家だった。
もたもたと鍵を出すので、それを奪い取るようにして玄関の鍵を開ける。
宗田くんを中へ押しやると、重いドアが背中越しにパタンと閉まった。
「じゃあ私帰るから。ここで寝ちゃダメだよ。」
「…うん。」
「鍵、ちゃんと閉めてよ。」
「…うん。」
返事を聞いて、そっと外に出る。
一応ドアの前で耳を澄ませてみたけど、一向に鍵を閉める音が聞こえてこない。
そのまま寝てるとか、ないよね?
ここ一階だし、鍵閉めてくれないと不安なんですけど。
玄関の前でウロウロする私が一番の不審者になっている気がする。
もし防犯カメラでも付いてたら、挙動不審な姿が映っているだろう。
ああ、もうっ。
私はもう一度宗田くんちの玄関のドアを開けた。
そこには、さっきと何一つ変わっていない姿の宗田くんの姿があった。
「宗田くん、ここで寝たらダメだし、鍵も閉めないと不用心だよ。ほら、立って。」
座り込む宗田くんの左腕を持って立たせようとしたのに、何故だか私の視界がグラッと揺れた。
えっ?と思った瞬間に、私は宗田くんに捕らえられていた。