すーすーと軽い寝息をたてながら眠るうららの細い髪を、私はそっと撫でる。
そうしながらふと、部屋の中央の席で深く俯いて何かに集中している繭香に、なんの気なしに尋ねた。
「そう言えば……繭香って占いするんだっけ?」
貴人に初めてこの部屋に連れて来られた時、そんな話を耳にしたことを思い出し、本当に軽い気持ちで発した言葉だった。
なのにそう聞かれた途端、繭香はガバッと顔を跳ね上げて、これまでで最強に強い目力で、私の顔を真正面から見据えた。
「琴美は占いを信じるのか?」
反対に聞き返されたので、私は怖気づきながらも即座に答える。
「た、多少は……」
途端、少し赤みがかった繭香の薄い唇が、まるで何かに引っ張られたかのように左右に伸びた。
ニタリという言葉しかまるで思い浮かばないようなその微笑みに、なぜだか背筋がぞくぞくする。
「そうか。だったら占ってやろう……」
ゴソゴソとテーブルの下に置いたバッグの中から、なにやら水晶玉のような物をひっ張り出し始めた繭香の姿に、夏姫が目を剥いて叫んだ。
「ばかっ! 琴美! 絶対に止めとけ!」
「えっ?」
呆気に取られる私に、可憐さんが香水の匂いをプンプンさせながらずずいっと顔を近付ける。
「夏姫ちゃんは前に占ってもらった時、ひどい言われようだったの……かく言う私も、『まるで見こみなし』なんですって……」
「…………!」
それは――もしかしなくても、ひょっとして恋占いだろうか。
だったら私だって、二人に負けず劣らずよくない相が出るに決まってる。
なんてったって失恋したばっかりだ。
無謀過ぎるその挑戦をやっぱり辞退しようと、私は繭香に呼びかけた。
「あ、あのー繭香……私、やっぱり……」
しかし、あの例の大きな瞳でギンと睨まれてしまうと、さすがにそれ以上言葉を続けることが出来ない。
「なんなんだ、まったく……私は親切に占ってやったのに、本当に文句の多い奴らだ……!」
ぶつぶつ言いながらも着々と占いの準備を進める繭香を見て、美千瑠ちゃんはニッコリと笑った。
「繭香の占いはよく当たってると思うわよ……私は『成就困難』って言われもの……」
それはいったい、喜んでいいのだか悲しんでいいのだか、なんとも判断に困る私の背中を、いつの間にか背後に立っていた夏姫がぽんと押す。
「ちなみに私は……『前途多難』だからな」
繭香が憤慨してこっちを睨みつけた。
「悪い結果ばかりじゃない! うららはちゃんと、『今の相手が最良』って出ただろう!」
「いやそれ……占いしなくたって、うららと智史見てれば私にだってわかるから……」
言いたいことを言うだけ言って、さっさと自分の席に戻って行ったのは夏姫だ。
決して私じゃないってことを、繭香にはしっかりと叫びたかった。
「それでどうするんだ? 琴美は占うのか、占わないのか?」
ちょっとイライラしたそぶりで、そんな迫力満点の目で睨みつけられれば、嫌だなんて言えるわけがない。
「お願い……します」
深々と頭を下げてもう一度顔を上げたら、繭香がなんとも嬉しそうな顔をしていた。
それが見れたから、ここはどんな結果が出ても良しとしよう――そんなふうに思う。
「繭香も私のことは言えないな……感情がそのまま態度に出るもん……」
思わず笑ってしまった私に、繭香はとても驚いた顔をした。
「そんなこと、生まれて初めて言われた……私なら小さな頃からずっと、能面みたいに表情がないって、いろんな人に言われっぱなしだぞ……?」
(の、能面って……!)
私は呆れつつ、繭香の綺麗な顔をまじまじと見た。
確かに、初めて会った頃はとてもとっつきにくそうな雰囲気だったけど、今はそんなふうには感じない。
日本人形のように綺麗な、人間離れした美貌ではあるが、ちゃんと考えていることが表情に出る、感情豊かな女の子だ。
「でも本当にそんなことないよ……?」
もう一度くり返した私に、繭香はニヤリと笑った。
「ま、琴美ほどではないだろうがな」
一瞬の沈黙の後、部屋にいたみんなが一斉にブッと吹き出す。
「確かに! こんなに考えてることが顔に書いてあるヤツ、私初めてだもん」
「本当に!」
私はなんだか釈然としない思いだった。
コロコロと笑い続ける夏姫たちを尻目に、繭香がてのひらサイズほどの小さな水晶玉の上に手をかざし始める。
真剣なその表情を見て、美千瑠ちゃんが私たちみんなに、しいっと人差し指を唇の前で立ててみせた。
自然と静かになった『HEAVEN準備室』には、外から聞こえてくる放課後の各部の練習のかけ声だけが、こだまする。
テニス部。
野球部。
サッカー部。
陸上部バレー部。
バスケット部。
(今日はいったい、貴人はどこの助っ人なんだろう……)
なんて私がぼんやりと考えた時、繭香が「出た!」と鋭い声を上げた。
きっといい結果なんか出ない――と思いながらも、一縷の望みをかけて次の言葉を待ち構えている私に、繭香は真っ直ぐ向き直り、淡々と告げる。
「琴美は『難題ばかり』だ。しかもしばらくの間は、それ以外の問題も山積みだ……ご苦労さん」
「な、なによ! それ!」
思わず叫んだ私に、いかにもおかしそうに繭香は表情を崩す。
「ハハハハッ。残念だったな」
ガックリと肩を落とした私を慰めるどころか、夏姫と一緒になって高らかに笑い始めた繭香は、やっぱりどう見ても、能面なんかではなかった。
そうしながらふと、部屋の中央の席で深く俯いて何かに集中している繭香に、なんの気なしに尋ねた。
「そう言えば……繭香って占いするんだっけ?」
貴人に初めてこの部屋に連れて来られた時、そんな話を耳にしたことを思い出し、本当に軽い気持ちで発した言葉だった。
なのにそう聞かれた途端、繭香はガバッと顔を跳ね上げて、これまでで最強に強い目力で、私の顔を真正面から見据えた。
「琴美は占いを信じるのか?」
反対に聞き返されたので、私は怖気づきながらも即座に答える。
「た、多少は……」
途端、少し赤みがかった繭香の薄い唇が、まるで何かに引っ張られたかのように左右に伸びた。
ニタリという言葉しかまるで思い浮かばないようなその微笑みに、なぜだか背筋がぞくぞくする。
「そうか。だったら占ってやろう……」
ゴソゴソとテーブルの下に置いたバッグの中から、なにやら水晶玉のような物をひっ張り出し始めた繭香の姿に、夏姫が目を剥いて叫んだ。
「ばかっ! 琴美! 絶対に止めとけ!」
「えっ?」
呆気に取られる私に、可憐さんが香水の匂いをプンプンさせながらずずいっと顔を近付ける。
「夏姫ちゃんは前に占ってもらった時、ひどい言われようだったの……かく言う私も、『まるで見こみなし』なんですって……」
「…………!」
それは――もしかしなくても、ひょっとして恋占いだろうか。
だったら私だって、二人に負けず劣らずよくない相が出るに決まってる。
なんてったって失恋したばっかりだ。
無謀過ぎるその挑戦をやっぱり辞退しようと、私は繭香に呼びかけた。
「あ、あのー繭香……私、やっぱり……」
しかし、あの例の大きな瞳でギンと睨まれてしまうと、さすがにそれ以上言葉を続けることが出来ない。
「なんなんだ、まったく……私は親切に占ってやったのに、本当に文句の多い奴らだ……!」
ぶつぶつ言いながらも着々と占いの準備を進める繭香を見て、美千瑠ちゃんはニッコリと笑った。
「繭香の占いはよく当たってると思うわよ……私は『成就困難』って言われもの……」
それはいったい、喜んでいいのだか悲しんでいいのだか、なんとも判断に困る私の背中を、いつの間にか背後に立っていた夏姫がぽんと押す。
「ちなみに私は……『前途多難』だからな」
繭香が憤慨してこっちを睨みつけた。
「悪い結果ばかりじゃない! うららはちゃんと、『今の相手が最良』って出ただろう!」
「いやそれ……占いしなくたって、うららと智史見てれば私にだってわかるから……」
言いたいことを言うだけ言って、さっさと自分の席に戻って行ったのは夏姫だ。
決して私じゃないってことを、繭香にはしっかりと叫びたかった。
「それでどうするんだ? 琴美は占うのか、占わないのか?」
ちょっとイライラしたそぶりで、そんな迫力満点の目で睨みつけられれば、嫌だなんて言えるわけがない。
「お願い……します」
深々と頭を下げてもう一度顔を上げたら、繭香がなんとも嬉しそうな顔をしていた。
それが見れたから、ここはどんな結果が出ても良しとしよう――そんなふうに思う。
「繭香も私のことは言えないな……感情がそのまま態度に出るもん……」
思わず笑ってしまった私に、繭香はとても驚いた顔をした。
「そんなこと、生まれて初めて言われた……私なら小さな頃からずっと、能面みたいに表情がないって、いろんな人に言われっぱなしだぞ……?」
(の、能面って……!)
私は呆れつつ、繭香の綺麗な顔をまじまじと見た。
確かに、初めて会った頃はとてもとっつきにくそうな雰囲気だったけど、今はそんなふうには感じない。
日本人形のように綺麗な、人間離れした美貌ではあるが、ちゃんと考えていることが表情に出る、感情豊かな女の子だ。
「でも本当にそんなことないよ……?」
もう一度くり返した私に、繭香はニヤリと笑った。
「ま、琴美ほどではないだろうがな」
一瞬の沈黙の後、部屋にいたみんなが一斉にブッと吹き出す。
「確かに! こんなに考えてることが顔に書いてあるヤツ、私初めてだもん」
「本当に!」
私はなんだか釈然としない思いだった。
コロコロと笑い続ける夏姫たちを尻目に、繭香がてのひらサイズほどの小さな水晶玉の上に手をかざし始める。
真剣なその表情を見て、美千瑠ちゃんが私たちみんなに、しいっと人差し指を唇の前で立ててみせた。
自然と静かになった『HEAVEN準備室』には、外から聞こえてくる放課後の各部の練習のかけ声だけが、こだまする。
テニス部。
野球部。
サッカー部。
陸上部バレー部。
バスケット部。
(今日はいったい、貴人はどこの助っ人なんだろう……)
なんて私がぼんやりと考えた時、繭香が「出た!」と鋭い声を上げた。
きっといい結果なんか出ない――と思いながらも、一縷の望みをかけて次の言葉を待ち構えている私に、繭香は真っ直ぐ向き直り、淡々と告げる。
「琴美は『難題ばかり』だ。しかもしばらくの間は、それ以外の問題も山積みだ……ご苦労さん」
「な、なによ! それ!」
思わず叫んだ私に、いかにもおかしそうに繭香は表情を崩す。
「ハハハハッ。残念だったな」
ガックリと肩を落とした私を慰めるどころか、夏姫と一緒になって高らかに笑い始めた繭香は、やっぱりどう見ても、能面なんかではなかった。