(「個人情報保護法だ」「プライバシーの侵害だ」ってさんざん言われてるに、今時まだこんなことやってるのが信じらんない……! 定期考査の成績上位者なんて、廊下に貼り出さなくていいのよ!)
つい二週間前までは、迷惑どころか自慢に思っていたその恒例行事を、私は恨みがましく見上げた。
職員室前の掲示板のど真ん中。
一番見やすい位置に、今回もそれは貼ってある。
朝のホームルーム前のひと時、五十人ほどの学生たちが、自分の今回の努力の成果を確認しようと、その前に集まっていた。
改めて、人垣の向こうのあまり大きくはない文字に目を凝らしてみる。
何回確かめたって、やっぱり私の名前はない。
正直、「そりゃあそうだわ……」という感じ――。
でもこの学校に入学してから一年ちょっとの間、常にその紙の――しかも最上位付近に名を連ねてきた身としては、ため息しかなかった。
(あーあ、どうしようかな……)
気が重かった。
あまり私の成績に頓着しない両親はともかく、担任にはきっと放課後にでも呼び出されて、お説教されるんだろう。
とりあえず、「次の期末考査でがんばります!」とかガラにもなく宣言して、ひと安心させるしかない。
(でもなあ……)
直接の原因の人物には、とてもそんなごまかしは効きそうになかった。
(せめて、「私はいつもどおりよ?」って、すまして言えるぐらいの点数は取りたかったのにな……)
自分で思っている以上に、私は今、ダメージを受けているのかもしれない。
友だち同士で順位を確かめていた女の子たちが、ふり返って私と目があって、不自然に視線を逸らしていく。
黙って私の横を通りすぎた後で、
「ねえ……近藤さんの名前あった?」
「なかった、なかった」
「学年トップスリーの常連がどうしたんだろう?」
なんてコソコソと話しあってる。
(ええ。ええ。確かに私の名前はありませんよ……!)
毒づくように心の中で呟いて、私も掲示板に背を向けた。
私が歩く周りからまるで水紋みたいに、同じような会話が広がっていく。
興味本位の詮索と、かっこうの噂の種。
早くその中から逃げ出したくて、自然と歩幅が大きくなる。
(くそっ!)
半ば駆け足ぎみに渡り廊下を過ぎて、いっそこのまま中庭にでも出てしまおうかと靴箱へと向かった時、ふいにうしろから左腕をつかまれた。
「琴美!」
走って追いかけてきたんだろうか。
息を弾ませながら私の名前を呼んだその人が誰なのか、ふり返らないでも私にはわかった。
(あーあ……今は会いたくなかったのになぁ……)
瞬間、どうしようもない胸の痛みに眩暈を起こしそうになったけど、強くつかまれた腕をそっとひきはがして、私は笑顔を作ってふり返った。
「何? どうしたの? そんなに慌てて……」
心配そうに私を見つめていたのは、やっぱり渉だった。
先週別れたばっかりの、元カレ――。
(声が震えてること……どうか気づかれませんように!)
心の中で、必死に祈った。
「何って……中間考査の順位表に琴美の名前がないって、みんな騒いでるから……」
それで心配してくれたのか……
あいかわらず優しい。
お節介な渉。
自分がフッた女のことなんて、ほっとけばいいのに。
――でもそんな渉の優しさが、私はずっと大好きだった。
「たまにはこんな時もあるって……! サルも木から落ちるって言うの? あ、自分で言っちゃった。ハハハ」
せいいっぱい明るく返す私の嘘は、渉にはきっと通用しない。
でも、「俺のせいで……」なんて、渉に思われるのだけはごめんだった。
「大丈夫……か……?」
私の強がりなんてまるで耳に入っていないかのように、渉は真顔で確認する。
(大丈夫じゃない! ……ぜんっぜん大丈夫なんかじゃないよ!)
できるなら渉に、本心をぶつけてしまいたかった。
でも渉と私との間には、もう何の関係もない。
一週間前、私が自分でそう決めた。
だから私は必死に、自分で自分を奮い立たせた。
「大丈夫。大丈夫。期末考査で何とかするし。先生に呼び出されても、ちゃんとそう言うし!」
努めて明るく返す私を見て、渉は大きな瞳を悲しそうに瞬かせた。
そんな顔を見てたら、自分で言ったセリフに、自分でいたたまれなくなる。
二歩三歩と渉から逃げるように、私は後退りする。
「そういうわけだから、心配しないでいいよ。じゃあねっ!」
最後はまるで捨てゼリフのように言い残し、私は渉に背を向けて走り出した。
どう考えたって、逃げたとしか思われないだろうけど、上手に嘘をついてごまかすなんて、やっぱり私には無理だった。
(あああ……なんでこんな時に試験なんてあるのよ! しかも今時、順位の貼り出し!)
今朝から何度もくり返しているセリフを、私はもう一度心の中で叫んだ。
私の通う星颯学園は、地方都市の、常にトップを走っているというわけではない、中途半端な進学校だ。
故に、一人でも多くの生徒をいい大学に入れて、校名を上げようということに余念がない。
学期毎に、実力考査・中間考査・期末考査がおこなわれ、それに業者がおこなう模試だの、全国統一模試だのが加わると、試験のない月など存在しない。
学年が上がるとその頻度は更に増す。
クラスは成績順にわけられ、席順までもが成績順。
誰がどれくらいのレベルなのか、教室に一歩入っただけで一目瞭然なのに、その上ご丁寧に、試験のたびに順位表まで貼り出される。
(何が悲しくて、こんな高校に来ちゃったんだろう……?)
自分の教室がある第一校舎からはかなり離れた特別棟の中庭で、私は膝を抱えて座りこんだ。
(これからいったいどうしたらいいの……?)
特にやりたいこともなく、部活にも入っておらず、ひたすら渉との恋愛一色だった私の青春は、今となってはお先真っ暗だった。
中学三年の夏。
そろそろ進学する高校を決めようかという時期に、私は両親と担任教師を相手に、反乱を起こした。
自慢じゃないけれど、小さい頃からお勉強ができるのだけが、取り柄だった私。
周囲の誰もが、当然のごとく、地元屈指の進学校を受験するだろうと思っていた。
でもある日突然、私はまだ創立十年にもならない、特にこれと言って特徴もない高校へ行くと宣言した。
理由はただ一つ。
渉がその高校へ行くから――。
当然中学の担任は猛反対したけど、強情な私を説得できず、結局はしぶしぶとOKを出した。
両親はもともと先生ほどは反対しなかったけど、父が呟いた言葉だけが妙に耳に残った。
『後で後悔することにならないといいけどな……』
でも当時の私は、それが何を指しているのか、考えてみることもしなかった。
『人の気持ちは変わるから……』
『ずっと同じでなんていられない』
ドラマでよく聞くセリフも、友達からの忠告も、「私と渉にはあてはまらない。私たちは絶対変わらない」と心の中で笑い飛ばしていた。
自身満々だった。
――でも実際は、そうじゃなかった。
(ずっと変わらないなんて、いったい何を根拠に思ってたんだろう……?)
私があんなに信じていたものは、ある日突然に、あまりにもあっけなく壊れてしまった。
中間考査の初日。
余裕の定刻登校をした私は、教室へと向かう途中で渉に呼び止められた。
成績順にふりわけられた私のクラスはA組。
渉はE組で校舎まで違うから、学校で会うことはあまりない。
時々こうして自分たちで会いに行かないと、同じ学校に来た意味なんてほとんどなかった。
「何? どうしたの?」
朝から渉が私を待ってるなんて珍しいこともあるもんだと、私は内心浮かれていた。
(テスト直前の悪あがきに忙しいはずなのに……それよりも私のほうが大事……?)
調子に乗ってそんなことを考えた――まさにその時、私に天罰が下った。
「今日……靴箱にこれが入ってた……」
渉がポケットから取り出して見せてくれたのは、綺麗なすかし模様の入った淡いピンクの封筒だった。
ドキンと鳴った心臓の音をごまかすように、私はわざとおおげさに驚いてみせた。
「えっ? それってまさかラブレター? 今時そんなのあるの? うわっ、古風……!!」
私と渉がつきあってることを、学園内でわざわざ公言してまわっているわけではない。
隣の校舎の子だったら、私という人間が同学年にいることだって知らないだろう。
ましてや私と渉が恋人同士だなんて知っているのは、中学が一緒の一部の人たちだけ。
その数人にだって時々、「ねぇ……本当につきあってるの?」と確認される二人。
学校ではそれぐらいの距離感だった。
でも一緒にいたいがためだけに、担任とひと悶着起こしてまで貫いた気持ちだったんだもの、今さらこんなラブレター一通で自分たちの仲がどうこうなるなんて、私は思ってもいなかった。
(ふーん……こんな勉強勉強ってうるさい学校でも、ちゃんと恋なんかして、青春してる子もいるんだ……相手が渉だっていうのはちょっと気の毒だけど、すごいねぇ……)
ひとごとみたいにぼんやり考えていた私に、渉はキュッと唇をかみしめて、まさに青天の霹靂としか言えない言葉を、投げかけた。
「俺、この子とつきあうことにした」
普段、頭の回転が速いのを自慢にしているわりには、突然何を言われたのかが理解できなくて、私はぼんやりと渉の言葉を受け止めた。
「へ?」
少々うつむき気味だった渉は、今度は顔を上げて、意を決したように私の目を見つめ、強い口調でキッパリと宣言しかけた。
「この子とつきあうことに決めた。だから、琴美とは……」
その瞬間、私の人よりちょっとだけ勉強のできる頭が、超高速で動き始めた。
(もしかして……これでサヨナラってこと?)
とても信じられない。
でもいつになく真剣な渉の顔を見るかぎり、どうやら冗談ではないらしい。
しかも、突然刺すように痛み始めた胸の辺りから察するに、どうやら悪い夢を見ているわけでもなさそうだ。
だとしたら――。
「わかった。じゃあ私は終わりってことで」
言われるより先にこっちから言って、私は渉にさっさと背を向けて、歩き出した。
「え? ちょ……琴美? 待って、そうじゃなくて……!」
渉が何か言っているけど――。
(絶対にふりむくもんか!)
私は両手で耳を塞いで、その場を走り去った。
(ねえ、これって何がどうなってるの……? ぜんっぜん、意味がわかんない!)
――そんな精神状態で受けた試験が、いい成績のはずなかった。
つい二週間前までは、迷惑どころか自慢に思っていたその恒例行事を、私は恨みがましく見上げた。
職員室前の掲示板のど真ん中。
一番見やすい位置に、今回もそれは貼ってある。
朝のホームルーム前のひと時、五十人ほどの学生たちが、自分の今回の努力の成果を確認しようと、その前に集まっていた。
改めて、人垣の向こうのあまり大きくはない文字に目を凝らしてみる。
何回確かめたって、やっぱり私の名前はない。
正直、「そりゃあそうだわ……」という感じ――。
でもこの学校に入学してから一年ちょっとの間、常にその紙の――しかも最上位付近に名を連ねてきた身としては、ため息しかなかった。
(あーあ、どうしようかな……)
気が重かった。
あまり私の成績に頓着しない両親はともかく、担任にはきっと放課後にでも呼び出されて、お説教されるんだろう。
とりあえず、「次の期末考査でがんばります!」とかガラにもなく宣言して、ひと安心させるしかない。
(でもなあ……)
直接の原因の人物には、とてもそんなごまかしは効きそうになかった。
(せめて、「私はいつもどおりよ?」って、すまして言えるぐらいの点数は取りたかったのにな……)
自分で思っている以上に、私は今、ダメージを受けているのかもしれない。
友だち同士で順位を確かめていた女の子たちが、ふり返って私と目があって、不自然に視線を逸らしていく。
黙って私の横を通りすぎた後で、
「ねえ……近藤さんの名前あった?」
「なかった、なかった」
「学年トップスリーの常連がどうしたんだろう?」
なんてコソコソと話しあってる。
(ええ。ええ。確かに私の名前はありませんよ……!)
毒づくように心の中で呟いて、私も掲示板に背を向けた。
私が歩く周りからまるで水紋みたいに、同じような会話が広がっていく。
興味本位の詮索と、かっこうの噂の種。
早くその中から逃げ出したくて、自然と歩幅が大きくなる。
(くそっ!)
半ば駆け足ぎみに渡り廊下を過ぎて、いっそこのまま中庭にでも出てしまおうかと靴箱へと向かった時、ふいにうしろから左腕をつかまれた。
「琴美!」
走って追いかけてきたんだろうか。
息を弾ませながら私の名前を呼んだその人が誰なのか、ふり返らないでも私にはわかった。
(あーあ……今は会いたくなかったのになぁ……)
瞬間、どうしようもない胸の痛みに眩暈を起こしそうになったけど、強くつかまれた腕をそっとひきはがして、私は笑顔を作ってふり返った。
「何? どうしたの? そんなに慌てて……」
心配そうに私を見つめていたのは、やっぱり渉だった。
先週別れたばっかりの、元カレ――。
(声が震えてること……どうか気づかれませんように!)
心の中で、必死に祈った。
「何って……中間考査の順位表に琴美の名前がないって、みんな騒いでるから……」
それで心配してくれたのか……
あいかわらず優しい。
お節介な渉。
自分がフッた女のことなんて、ほっとけばいいのに。
――でもそんな渉の優しさが、私はずっと大好きだった。
「たまにはこんな時もあるって……! サルも木から落ちるって言うの? あ、自分で言っちゃった。ハハハ」
せいいっぱい明るく返す私の嘘は、渉にはきっと通用しない。
でも、「俺のせいで……」なんて、渉に思われるのだけはごめんだった。
「大丈夫……か……?」
私の強がりなんてまるで耳に入っていないかのように、渉は真顔で確認する。
(大丈夫じゃない! ……ぜんっぜん大丈夫なんかじゃないよ!)
できるなら渉に、本心をぶつけてしまいたかった。
でも渉と私との間には、もう何の関係もない。
一週間前、私が自分でそう決めた。
だから私は必死に、自分で自分を奮い立たせた。
「大丈夫。大丈夫。期末考査で何とかするし。先生に呼び出されても、ちゃんとそう言うし!」
努めて明るく返す私を見て、渉は大きな瞳を悲しそうに瞬かせた。
そんな顔を見てたら、自分で言ったセリフに、自分でいたたまれなくなる。
二歩三歩と渉から逃げるように、私は後退りする。
「そういうわけだから、心配しないでいいよ。じゃあねっ!」
最後はまるで捨てゼリフのように言い残し、私は渉に背を向けて走り出した。
どう考えたって、逃げたとしか思われないだろうけど、上手に嘘をついてごまかすなんて、やっぱり私には無理だった。
(あああ……なんでこんな時に試験なんてあるのよ! しかも今時、順位の貼り出し!)
今朝から何度もくり返しているセリフを、私はもう一度心の中で叫んだ。
私の通う星颯学園は、地方都市の、常にトップを走っているというわけではない、中途半端な進学校だ。
故に、一人でも多くの生徒をいい大学に入れて、校名を上げようということに余念がない。
学期毎に、実力考査・中間考査・期末考査がおこなわれ、それに業者がおこなう模試だの、全国統一模試だのが加わると、試験のない月など存在しない。
学年が上がるとその頻度は更に増す。
クラスは成績順にわけられ、席順までもが成績順。
誰がどれくらいのレベルなのか、教室に一歩入っただけで一目瞭然なのに、その上ご丁寧に、試験のたびに順位表まで貼り出される。
(何が悲しくて、こんな高校に来ちゃったんだろう……?)
自分の教室がある第一校舎からはかなり離れた特別棟の中庭で、私は膝を抱えて座りこんだ。
(これからいったいどうしたらいいの……?)
特にやりたいこともなく、部活にも入っておらず、ひたすら渉との恋愛一色だった私の青春は、今となってはお先真っ暗だった。
中学三年の夏。
そろそろ進学する高校を決めようかという時期に、私は両親と担任教師を相手に、反乱を起こした。
自慢じゃないけれど、小さい頃からお勉強ができるのだけが、取り柄だった私。
周囲の誰もが、当然のごとく、地元屈指の進学校を受験するだろうと思っていた。
でもある日突然、私はまだ創立十年にもならない、特にこれと言って特徴もない高校へ行くと宣言した。
理由はただ一つ。
渉がその高校へ行くから――。
当然中学の担任は猛反対したけど、強情な私を説得できず、結局はしぶしぶとOKを出した。
両親はもともと先生ほどは反対しなかったけど、父が呟いた言葉だけが妙に耳に残った。
『後で後悔することにならないといいけどな……』
でも当時の私は、それが何を指しているのか、考えてみることもしなかった。
『人の気持ちは変わるから……』
『ずっと同じでなんていられない』
ドラマでよく聞くセリフも、友達からの忠告も、「私と渉にはあてはまらない。私たちは絶対変わらない」と心の中で笑い飛ばしていた。
自身満々だった。
――でも実際は、そうじゃなかった。
(ずっと変わらないなんて、いったい何を根拠に思ってたんだろう……?)
私があんなに信じていたものは、ある日突然に、あまりにもあっけなく壊れてしまった。
中間考査の初日。
余裕の定刻登校をした私は、教室へと向かう途中で渉に呼び止められた。
成績順にふりわけられた私のクラスはA組。
渉はE組で校舎まで違うから、学校で会うことはあまりない。
時々こうして自分たちで会いに行かないと、同じ学校に来た意味なんてほとんどなかった。
「何? どうしたの?」
朝から渉が私を待ってるなんて珍しいこともあるもんだと、私は内心浮かれていた。
(テスト直前の悪あがきに忙しいはずなのに……それよりも私のほうが大事……?)
調子に乗ってそんなことを考えた――まさにその時、私に天罰が下った。
「今日……靴箱にこれが入ってた……」
渉がポケットから取り出して見せてくれたのは、綺麗なすかし模様の入った淡いピンクの封筒だった。
ドキンと鳴った心臓の音をごまかすように、私はわざとおおげさに驚いてみせた。
「えっ? それってまさかラブレター? 今時そんなのあるの? うわっ、古風……!!」
私と渉がつきあってることを、学園内でわざわざ公言してまわっているわけではない。
隣の校舎の子だったら、私という人間が同学年にいることだって知らないだろう。
ましてや私と渉が恋人同士だなんて知っているのは、中学が一緒の一部の人たちだけ。
その数人にだって時々、「ねぇ……本当につきあってるの?」と確認される二人。
学校ではそれぐらいの距離感だった。
でも一緒にいたいがためだけに、担任とひと悶着起こしてまで貫いた気持ちだったんだもの、今さらこんなラブレター一通で自分たちの仲がどうこうなるなんて、私は思ってもいなかった。
(ふーん……こんな勉強勉強ってうるさい学校でも、ちゃんと恋なんかして、青春してる子もいるんだ……相手が渉だっていうのはちょっと気の毒だけど、すごいねぇ……)
ひとごとみたいにぼんやり考えていた私に、渉はキュッと唇をかみしめて、まさに青天の霹靂としか言えない言葉を、投げかけた。
「俺、この子とつきあうことにした」
普段、頭の回転が速いのを自慢にしているわりには、突然何を言われたのかが理解できなくて、私はぼんやりと渉の言葉を受け止めた。
「へ?」
少々うつむき気味だった渉は、今度は顔を上げて、意を決したように私の目を見つめ、強い口調でキッパリと宣言しかけた。
「この子とつきあうことに決めた。だから、琴美とは……」
その瞬間、私の人よりちょっとだけ勉強のできる頭が、超高速で動き始めた。
(もしかして……これでサヨナラってこと?)
とても信じられない。
でもいつになく真剣な渉の顔を見るかぎり、どうやら冗談ではないらしい。
しかも、突然刺すように痛み始めた胸の辺りから察するに、どうやら悪い夢を見ているわけでもなさそうだ。
だとしたら――。
「わかった。じゃあ私は終わりってことで」
言われるより先にこっちから言って、私は渉にさっさと背を向けて、歩き出した。
「え? ちょ……琴美? 待って、そうじゃなくて……!」
渉が何か言っているけど――。
(絶対にふりむくもんか!)
私は両手で耳を塞いで、その場を走り去った。
(ねえ、これって何がどうなってるの……? ぜんっぜん、意味がわかんない!)
――そんな精神状態で受けた試験が、いい成績のはずなかった。