私がうつむき、沈黙の時間が流れて、塩見くんがゆっくり息を吐く音が聞こえた。
 怒っているかと心配になりながらちらりと顔を上げるが、それを見越しているかのように塩見くんは目元を柔和に細めた。

「見えるところに置いておいた自分が悪いので、先輩は気にしないでください。料理をする理由かあ。そうですね……」

 しばらく考えた塩見くんは、ひと呼吸おいてゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

「……実は僕、入社したばかりのころ、慣れない仕事に疲れて落ち込んでいた時期があったんです」
「えっ、塩見くんが?」
「はい。営業に向いていないのかな、とか、やっぱり自分は男だから、化粧品のことを深くは理解できていないのかな、とか悩んでいて」

 それはとても意外な告白だった。器用に見えて、女性社員に自然に寄り添ってくれる塩見くんにも、そんな時代があったなんて。

「そんなとき、職場の先輩に飲み物をおごってもらう機会があったんですけど。不思議とそれだけで気持ちが軽くなって……。飲み物とか、食べ物ひとつで気持ちが救われることもあるんだなって、感動したんです」

 それは、おいしいお酒とおつまみに人生を支えられてきた私には、よくわかる話だった。