「そんなことないですよ。ひとり暮らしっていうのもあって、誰でも好きな味っていうより、自分の好きな味に作っちゃうタイプなんで……。なので余計、おいしいって食べてもらえるのがうれしいんです」

 それからの時間は、いつもの飲みより静かな夕食だった。口数は少なくても、穏やかで優しい空気がリビングに満ちていて、なんだかホッとする。
 家族と食べる夕飯みたいな、こんな飾らない食卓を誰かと囲んだのは、いつぶりだろう。

「お酒を飲まないで塩見くんのごはんを食べるのも、なんかいいわね」

 食べ終わったお皿を運ぶのを手伝ったあと、ふたりで食後のお茶を飲む。塩見くんは甘酒で、私にはぬるめのほうじ茶を淹れてくれた。胃腸が弱っているときは冷たい飲み物を飲まないほうがいいそうだ。

「それじゃ、次回からは飲みはナシにしますか?」

 うかがうような上目遣いで、塩見くんが尋ねる。

「そ、それはダメ」

 あわてて首を横に振ると、塩見くんはにっこり微笑んだあと、いたずらっぽい口調になった。

「わかってます。大丈夫ですよ」
「塩見くん、私のことからかってない?」
「え、そんなことないですよ」

 本当だろうか。塩見くんは草食系に見えても、いろいろと油断ならない気がする。