「黙って、聞いてれば……。生意気なんだよ!」

 恰幅がよく、ため口で話していたほうのおじさんが、がたんと音を立てて立ち上がった。こめかみに浮き出た血管が、ぴくぴく動いている。

「お前みたいな女がいるから、俺は……!」

 汗染みのできたワイシャツに身を包んだ物体が、私の顔目がけて突進してきた。
 殴られる!と思った瞬間、私はとっさに背負い投げの体勢を取っていた。

「……あっ」

 ハッと冷静になったのは、私が投げたおじさんが床で伸びているのを見たあと。
 テーブル席のお客さんたちは、私に向かって拍手喝采を送っていた。

 なんということだろう。私は高校生まで、合気道を習っていた。しばらく人を投げていないなあと思っていたけれど、まだ身体が自然と反応するだなんて。

 もうひとりのおじさんが、伸びたおじさんを背負って、逃げるようにお金を払って帰っていった。

「大将、すみません。お店に迷惑をかけて、本当にすみません」

 平身低頭して詫びる私に、大将は「うちの店のために怒ってくれてありがとう」と言ってくれたけれど、身の置き場がなくて早々に退却してしまった。「お釣りはいらないです」と多めに代金を置いて。