「よかったです。今日はお酒を飲んでほしくなくて、これを用意したので」

 小鍋の火を止めてキッチンカウンターから出た塩見くんが、お盆に乗せた湯呑みのようなものをそろりそろりと運んでくる。

「どうぞ」

 ことりとテーブルの上に置かれたのは、湯呑みではなく陶器製のビールグラスだった。深い青色のグラスの中に注いであるのは、湯気をたてる白い飲み物。

「これって……」
「甘酒です。甘酒って、飲む点滴って呼ばれているくらい栄養が豊富なんですよ。お酒のかわりにはならないかもしれませんが、今日はこれで身体をいたわってくれませんか。先輩はいつも、がんばりすぎなんですから」

 不意をつくようないたわりの言葉に、鼻がつんとした。

「……ありがとう」
「人の何倍も仕事をしているのに、表に出さない人だから、心配なんです」

 まるで私の仕事風景を見たことがあるような言葉だ。営業部と関わったことはあっても、塩見くんと仕事で組んだことはないはずなのに。

「夏に甘酒って思うかもしれませんが、夏バテのときにこそいいんですよ。料理のほうもすぐ盛り付けるんで、少し待っていてくださいね」

 微笑みを崩さないまま、塩見くんは私に背を向ける。少し疑問に思ったが、わざわざ訊くほどのことではないか。