「私はともかく、……塩見くんのほうも、残念だったの?」
「そうですよ。僕のほうだって、先輩に腕をふるうことが週に一度の楽しみなんですから」

 リビングのドアを押さえてくれながら、塩見くんはこちらがうれしくなるような言葉をくれる。それはもしかしたら社交辞令や、大げさに言ってくれているだけかもしれないけれど、素直に受け取っておこう。なにしろアラサーには『日常のときめきは大事』らしいから。

 部屋に入ると、塩見くんは私にクッションを勧めてから、エプロンをつけてコンロにかかった小鍋を温め直し始めた。その隣にも鍋が置いてあるし、カウンターには使うお皿がふたりぶん用意してある。

「もしかして、私が帰ってくるまでずっと、待っているつもりだったの? 何時になるかわからないのに」

 メモには『これから用意する』ではなく『作ってある』と書いてあった。私が来なかったら無駄になってしまうふたりぶんのおつまみを、作り置きして待っていてくれたのか。

 なんだか胸がじーんとして、奥さんが食事を用意して待っていてくれたときってこんな気持ちなのかなと思う。……なんで私が旦那側の想像なのだろう。