「あのときの男の子が、塩見くんだったのね……」
「はい。先輩はすごく焦っていて、いちごミルクを落としていましたね」
「し、仕方ないじゃない。まさか一部始終を見られているなんて思ってなかったんだから」

 確かに、あのときの私は焦っていた。いちごミルクを買っていることも、人知れず気合いを入れていることも、秘密にしておきたかったのだ。

 でも、そんなことよりも、その男の子――つまり塩見くんの顔が疲れ切っていることが気になった。以前塩見くんが語ってくれた、仕事で悩んでいた時期がこのときだったんだ。

『疲れた顔してるわね。新入社員の子?』

 と尋ねた私に塩見くんはうなずいた。まだスーツを着慣れていない感じがして、なんとなく当たりをつけたのだ。

『いちごミルクなんて柄じゃないんだけど、疲れたときに飲むと不思議と元気が出るの。君も飲んでみる?』

 そう言って、私はもうひとつ買ったいちごミルクを塩見くんに手渡した。

『新人くん、もっと力を抜いてがんばれ』と言って。