「引っ越してしばらくして、隣が日向先輩だってことはわかったんですけど。同じ会社の男が隣に住んでるっていうのも気分が悪いかなと思って、今までご挨拶できなくて」
「別にそんなこと……」

 気にしないのに、と言いかけて口をつぐむ。隣に塩見くんがいたら、ベランダに干す洗濯物とか、すっぴんでゴミ出しとか、いちいち気にするかもしれない。まあ、こんな姿を見られてしまったら、なにを気をつけようが今さら遅いけれど。

「それで、どうします? 料理だけは得意なんです、僕」

 気を抜いた姿を見られたショックとおいしいおつまみを天秤にかける。いや、そもそも、会社の同僚だからって初対面の男性の部屋にほいほい上がっていいものなのだろうか。

 ちらっと塩見くんを見上げると、人畜無害そうな微笑みを浮かべて私の返事を待っていた。

 私はなんだか、目の前の男の子に惨敗したような気持ちになって、口を開く。

「……ごちそうになります」

 とことんついていない金曜日。手作り感のあるおいしいおつまみに飢えた私がこの選択をするのは、どうやっても避けられないことだった――。たぶん。