「お姉ちゃん、ひとり?」

 と、訊きつつ、塩見くんの席に赤ら顔のサラリーマンが座ってくる。すでに店をはしごして酔っているのだろう、息が酒臭い。

「ちょっと。そこ、連れの席なんだけど」

 強い口調でたしなめるも、「え? もういないし、帰っちゃってるでしょ」と話を聞かない。嫌だな。せっかくいい気分で飲んでいたのに。

「だから、ひとりじゃないし、連れはまだいるってば」

 酔ったおじさんが私にもたれかかってきた。いつもの私だったら思いっきりどついてやるんだけど、背負い投げ事件が頭によぎって、控えめに肩を押すことしかできなかった。

 私のせいで、塩見くんやお店に迷惑はかけられない。あのときみたいに、なりたくない。

 私の無言の目配せに気づいた大将が、「お客さん、ちょっと」と声をかけてくれたとき。

「すみません。そこ、僕の席なのですが、彼女になにか用ですか」

 丁寧なのに低いトーンの、塩見くんの声が降ってきた。

「塩見くん……」

 いつの間にか私の隣に立って、サラリーマンを見下ろしている。ほのかに笑みを浮かべているのに目は笑っていなくて、なぜか私の背すじがぞくっとした。

「は? お前、だれだよ」
「どいていただけますか? 席を外していただけなので」

 怒りの滲んだ声には、うむを言わさない力があった。サラリーマンは根負けして、無言で店を去っていく。

 なにごともなく終わって、私も大将も、安堵のため息をついた。