「塩見くん、見て。左のお客さまのほう」
「コフレ、試してますね。しかもアイメイクとリップ、両方」

 こそこそと会話を交わしていたら、コフレの接客をしていた顔なじみの美容部員さんに気づかれる。「あ」という顔をされたので、塩見くんとふたりで「しーっ」と、人差し指を口に当てた。

 それでこちらの目的はわかってもらえたようで、無言で目配せされたあと、再びお客さんの接客に戻る。

「いかがですか? アイメイクとリップ、どちらもコフレで仕上げてみたんですが」
「シャドウがキラキラしててかわいいです。ボルドーのアイラインとマスカラも、思ったより自然で使いやすそう。でも、リップが、ふだんは落ち着いた色しかつけないから、普段使いできなそうで迷ってます。色は素敵なんですけど……」

 美容部員さんは、その言葉を聞いてにっこり笑った。あえて、グロスを付けない状態を先に見せたのだと、その笑顔でわかる。

「トレンドのくっきりした色だと、そう思われる方は多いんですよ。なのでこのコフレでは、なじみ色のグロスがセットになっているんです。重ねるので、よく見ていてくださいね」

 とろみのある、シャンパンベージュのグロスを赤リップの塗られた唇に重ねる。すると、ミルキーな落ち着いた赤に変化した。