「な、なに!?」
「ついてましたよ、わさび漬け」

 指についたわさび漬けを見せつける塩見くんは、にっこりと悪魔のような微笑みを浮かべていた。

「そ、そ、それなら口で言ってよ!」

 思わず大きな声が出てしまう。きっと顏は真っ赤になっているだろうけれど、もう隠せない。
 まったく動じずに微笑んでいる塩見くんは、私が動揺するのがわかっていて、からかっているのでは?

 海老沢くんの言っていた『腹黒』『手のひらで転がされる』という言葉が頭をかけめぐる。
 今、まさに転がされている最中だと思うんだけど、これはどう受け止めたらいいのだろう。

「こんなに抜けているのに、自分を年上扱いするんだもんなあ」
「そ、そういう塩見くんだって、さっきから全然、後輩らしくないじゃない!」
「あ、バレてました?」

 ちらちらと見え隠れする『黒塩見』に、心臓が今までとは違う音をたてる。

 結局塩見くんは、告白の返事についてははっきり教えてくれなかった。

 だんだんと塩見くんの素の性格も見えてきたけれど、彼は私のことをどう思っているのだろう。ただの憧れの先輩なのだろうか。素を見せるくらいには、気を許してくれているってことなのだろうか。
 私が年上なことは、どう思っているのだろう――。

 今まで気にならなかったいろんなことが頭の中を飛び交い始める。
 久しぶりの恋はアラサー干物女には難しすぎて、これからの金曜日のことを考えると、日本酒の海に溺れたくなってきた。