「酔ってる女性になにかすると思われているのか。心外だな」

 あ、この声、本気で怒ってる。初めて聞いたかも。

「もー、海老沢くん、余計なこと言わないの。じゃあ塩見くん、先輩のことお願いね」

 ふたりぶんの足音が遠ざかって、誰かが近くに座る気配がする。
 浴衣のこすれる音がしながら、気配が強くなったり弱くなったりするのは、私に触れるかどうか迷っているのだろうか。

 そのあと、気配が遠ざかったと思うとまた近づいて、ふわふわしたあたたかいものが身体の上にかけられた。

 あったかい。きっとこれ、毛布だ。確認はできないけれど、毛布を手元に引き寄せてぎゅっと握る。

 そして、毛布越しに、遠慮がちに手が置かれた。ぽんぽんと、子どもを寝かしつけるような優しい振動。

「ほんとに先輩は、自分のことをなんにもわかってないんだもんなあ。これだから放っておけないんです」

 目をつむっているのになぜか、彼がふっと柔らかく微笑んだのがわかる気がした。

「海老沢に大見得切っちゃったから、今はこれくらいで我慢しておきます」

 指がおでこに当たって、乱れた前髪を梳く感触がする。もっと触ってほしいと思うのに、そのあたたかい手はすぐに離れてしまった。

「おやすみなさい、先輩」

 その言葉で魔法にかかったみたいに、朦朧としていた私の意識は、完全に夢の世界に落ちていった。