「あの、相川様。…相川様、聞こえますか」
扉を叩く音に飛び起きる。時刻は一時少し前で、外はまだ暗い。
ふすまと二重になっている鍵付きの引き戸を開けると、立っていたのは簡易な浴衣を身にまとった珠緒さんだった。
頭の中に浮かべていた女性が訪ねてきた上に昼間はきっちりと結ばれていた黒髪が下りているのに気がついて、心臓が早鐘を打ちはじめる。
「こんな時間に、どうしてここに?」
「お休みのところ申し訳ありません。すぐにお伝えしなければと思って、私…」
焦っている様子に眉を寄せると、早口で告げられた。
「出たのです。狐火が」
「狐火!?」
どうやら怪奇現象に出くわした彼女は、妖のネタを追ってこの地へ来た俺を思い出し、特大のスクープを持ってきてくれたらしい。
急いでデジタルカメラを手に取り、連れられるがまま廊下を進む。
「珠緒さん。狐火というのは?」
「清掃が終わって宿の玄関を閉めようとしたら、外にぼんやり浮かぶ火の玉が見えたんです。この山は狐の伝承がありますし、青白い光でしたので…」
ひどく動揺している彼女は、胸元に手を置きながら青ざめている。その様子はとても嘘を言っているようには思えなかった。
まさか、本当に妖が?ガセネタなんかじゃなかったのか。
