美味しい料理に舌鼓を打ち、風呂へ向かうと、ちょうど男湯から出た人物が二階への階段を登っていく足が見えた。
　どうやら、話に聞いたお一人様は男性らしい。
　俺と同じく噂を耳にしてここに来たのかはプライバシーに関わるので聞けなかったが、人に言えない事情でもあるのかもしれない。
　それこそ傷心旅行とか…。仕事のアテが外れたとしたら、俺も似たようなものか。

　湯上がりに浴衣に袖を通してパソコンをいじり、日付がかわった頃に電灯を消した。健康的な就寝に、仕事で来ていることを忘れそうになる。
　露天風呂に行っている間にひかれていた布団に包まると、中居である彼女の顔が浮かんだ。
　取材の進展がないとなると、宿に長居をする理由はなかった。新たなネタを探して各地を飛び回らなければならないし、締め切りまでに記事が書けないとなると死活問題である。だが、どうにも彼女の艶のある表情が心に残ってしょうがない。
　あぁ、この惚れっぽい性格もどうにかしないとな。
　自分自身に呆れながら寝返りを打った、その時だった。