「それでは十八時に夕食を運びに参りますので、ごゆっくり」

 ふすまの向こうに笑顔が消え、部屋がしんと静まりかえった。若干落ち込んだ気分を仕事モードに切り替え、机の上にノートパソコンを広げる。検索エンジンに打ち込んだのは、例の妖の噂だ。
 出会った人間の魂を吸い取る妖は狐の姿をしており、その手段は深く記されていない。誰かが暇つぶしで言い出した噂で信憑性がないと思われていたが、毎年、狐魄山に出向いた人間が数人行方不明になっているという情報もある。
 しかも、狙われているのは決まって男であり、今回、ルポライターとしての使命を胸に自らを実験台にこの地を訪れたというわけだ。
 まぁ、長くこの宿にいる中居の証言から、都市伝説の類である可能性が高まってしまったのだが。

 やがて夕食の時間となり、珠緒さんが豪華な山菜料理を運んできた。せっせと働く彼女に「ここに他の中居さんはいないんですか?」と尋ねると、困ったように頷かれた。話によると、管理職や厨房の従業員はいるようだが、中居は彼女だけらしい。あまりに人が来なさすぎて、人件費が削減されたのだろうか。
 そりゃあ、一年に数えるほどしか宿泊客がいないのなら納得のいく話で、逆にどのように経営を成り立たせているのか不思議だった。